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田辺聖子さんの戦中日記見つかる 「十八歳の日の記録」

宮地ゆう
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 2019年6月に91歳で亡くなった作家の田辺聖子さんが第2次世界大戦の終戦前後に記した日記が見つかった。自宅が全焼した大阪大空襲、勝利を疑わないまま迎えた敗戦の日。深い洞察力と表現力で社会の空気を記録し、戦争で失われゆく青春への揺れる思いをにじませている。

 日記は17歳になったばかりの1945年4月1日から始まり、47年3月10日に終わっている。兵庫県伊丹市の自宅を整理していた遺族が見つけた。

 表紙に〈十八歳の日の記録 昭和二十年四月ヨリ ――若き日は過ぎ去り易(やす)い―― けれども多彩であり、豊なる収穫がある。 それ故に、“若き日”は尊い〉と記されたノートは、A4判の大きさだ。茶色く変色した紙はぼろぼろだが、万年筆で書いたと思われる細かい文字がびっしりと並んでいる。

 書き始めた当時、田辺さんは大阪の樟蔭女子専門学校(現・大阪樟蔭女子大)で国文学を学ぶ2年生だったが、学徒動員で、飛行機部品工場で働いていた。

 日記には、国への複雑に揺れ動く思いがつづられている。

 特攻隊員は〈最も美しい青春時代の花を咲かした〉とうらやみつつ、〈勝利のみを目指して日本人は進んでいる。その下に在っては、個々の単なる希望など、物の数でもなくなっている。(略)文学も音楽も芸術もすべては戦争の渦巻の中へまきこまれてしまう。あれこれ考えると一切が混沌(こんとん)とした気持である〉とも書いた。

 一方で、敗戦を知った8月15日はそれまでと一変し、太く大きな字で〈何事ぞ! 悲憤慷慨(ひふんこうがい)その極(きわみ)を知らず痛恨の涙滂沱(ぼうだ)として流れ肺腑(はいふ)はえぐらるるばかりである〉と記している。宮地ゆう

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 日記の詳細は10日発売の雑誌「文芸春秋」7月号に掲載される。(地域によって異なる場合があります)