東京五輪・パラリンピックの開催リスクを巡り、ニュースに毎日のように登場する、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会長の尾身茂さん。どんな人物なのか。経歴やこれまでの発言を振り返ります。
地域医療を志す
尾身茂さんは1949年、東京生まれの医師。国際保健などを専門とする。
高校時代に米国に留学し、帰国すると日本は学園紛争のまっただ中だった。慶応義塾大法学部に入学後、精神科医が書いた1冊の本に出会い、医学部を志した。
ちょうど、地域医療に従事する医師を育てる自治医科大学が創設されると知った。猛勉強して1期生となり、78年に卒業。都立病院で研修したり伊豆諸島の離島で診療したりした。
30代後半、国際機関で働く米国留学時代の仲間から「世界保健機関(WHO)で働いたら?」と勧められたことが転機になる。
WHOで感染症対策
厚生省(当時)の行政職などをへて90年、フィリピン・マニラのWHO西太平洋地域事務局に入り、小児まひのポリオを根絶するポストに就いた。資金の獲得や、感染症の動向を調べるサーベイランス体制づくりなどに奔走。10年かけて、この地域のポリオ根絶にこぎつけた。
99年に事務局長となると、結核対策に力を入れた。2002年終わりには、アジアを中心にSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行し、その対策の陣頭指揮をとった。
03年5月掲載の朝日新聞記…