「石の島」唯一の石材会社 文化財、陰で支える豊島石

木下広大
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 【香川】瀬戸内海に浮かぶ豊島(てしま)は、腕利きの石工が集う「石の島」だった。島で採れる黒っぽい「豊島石」は加工しやすく、室町時代ごろから各地で重宝されてきた。近年は瀬戸内国際芸術祭の会場として知られる「アートの島」のもう一つの顔だ。

 100年ほど前、豊島に約1千人いたとされる石工の技術は評価が高く、国会議事堂の工事を任された人もいた。火に強いことから灯籠(とうろう)としてよく使われ、京都の桂離宮や岡山の後楽園、高松の栗林公園には豊島石と伝わる灯籠が残る。

 戦後は家庭の庭先に置く灯籠の需要もあった。「岡山に灯籠を持って行くと、手持ちの7~8本が一日で全部売れた」と語るのは、豊島石の採石や加工を半世紀以上続けてきた上口照臣(てるとみ)さん(77)。

 17歳で石工になり、洞窟のような石切り場の中、手作業で石を切り出した。重労働だったが、「手つかずの壁から最初に石を切れば、手取りが多くもらえた」と懐かしむ。

 いま、豊島石が市場に出回ることはほぼない。かつて島に軒を連ねた石材会社の大半が廃業したからだ。韓国や中国から安い石が輸入されるようになり、島で一番大きな採石場「大丁場」も15年ほど前に閉鎖された。

 そんな島で唯一、現在も豊島石を扱う石材会社が、上口さんが職人として勤めていた「上口石材」だ。約50年前から島に本社を置く。豊島石の注文の多くは、かつて造られた文化財の修復や復元という。後楽園にある灯籠の修繕を頼まれたこともある。

 上口さんの親戚で社長の上口隆之さん(62)は、豊島石ならではの魅力を語る。「水を吸いやすいので、庭に置くと青いこけが付く。それがいいと言われています」。熱持ちが良く、他の石では耐えられない温度でも使えるため、さぬき市にある古代のサウナ「から風呂」を作るのにも使われている。

 上口石材は他の石も取り扱うが、豊島石にこだわり、新しい使い方も模索している。

 2018年に島に開業した一棟貸しの宿泊施設「ウミトタ」には、浴室やキッチン、床など、随所に豊島石を施した。最近は、保育施設の水洗い場に石を使ったり、火に強い特徴を生かしたピザ窯を試作したり。島に来た大学生らに職人が加工を教えることもある。

 上口社長は「灯籠が壊れた時に直す人がいないと、困るお客さんがおる。ウミトタのように建築資材としても広く使ってもらえたら」。必要とする人がいる限り、豊島石を届け続ける。(木下広大)

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 豊島石は豊島周辺でも採れる。男木島や屋島には、江戸時代ごろに豊島石を採った洞窟(穴丁場)が残る。いずれも現在は採石されていない。

 同じ石が採れるのは、この地域が大昔、一つの大きな湖だったためと考えられている。

 約1480万年前、現在の瀬戸内海を中心に火山活動が活発化。噴火で出た火山灰や小石が湖の底に堆積(たいせき)し、固まって豊島石になった。その後、豊島石の層の上に溶岩が流れ込み、硬い岩盤を形成。この岩は安山岩と呼ばれ、雨風の浸食に強い。豊島石が現在まで残ったのは、この硬い安山岩に覆われていたおかげだ。

 各地の採石場が洞窟状になっているのも、上に安山岩の層があるためで、地表から豊島石を採りにくいのが理由とされる。