聖火、秋田に到着

山谷勉、高橋杏璃、佐藤仁彦 増田洋一
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 東京五輪パラリンピック聖火リレーが8日、秋田県内で始まった。山形県からつないだ聖火を手に、第1走者が湯沢市を出発した。秋田市でコースが短縮されるなど新型コロナ感染防止対策が取られるなかでの実施となった。夜に秋田市に到着した聖火は、9日は能代市大館市など県北部を回る。

 湯沢市に続いて横手市では、秋田ふるさと村の駐車場から市横手体育館向かい駐車場までの2・6キロを、13人の走者が聖火をつないだ。横手市出身のタレント壇蜜さんが、最終走者として到着式典会場に姿を見せると、中学生や事前に募集した一般観覧者計300人が拍手で静かに出迎えた。壇蜜さんはトーチを片手に、手を振って返した。

 式典で壇蜜さんは「1年延びて、いろんなことがありました。オリ・パラにも多分、皆さん色んな意見を持っていると思います。ただ私は横手市聖火ランナーとして選ばれ、しっかり走ることができて、本当に光栄だと思っています」と語った。「色んな運命とか衝撃とかが重なって、皆さんがオリンピックって何だろうと考えるきっかけにもなったと思います」とも述べた。

 その後、聖火は由利本荘市、美郷町、大仙市仙北市を巡って、秋田市へ。

 午後7時ごろ、秋田市役所を出発した聖火は、山王大通りをリレー。沿道には多くの人が訪れ、タオルを振ったり拍手をしたりして応援した。家族で来た石井柳舟(りゅうしゅう)くん(9)は「ランナーが走ってくるところがよく見えた。楽しかった」。父の康平さん(42)は「コロナで多くのイベントが中止になるなか、聖火リレーを見ることができて気持ちが盛り上がった。五輪もどうやったらやれるか、前向きに考えていければいいなと思った」と話した。

 初日の到着地点はエリアなかいち「にぎわい広場」(秋田市中通1丁目)。午後7時50分ごろ、ロス五輪(競泳)など2大会に出場した同市出身の長崎宏子さん(52)が最終ランナーとして入場。ステージでトーチの火を聖火皿に移すと、拍手が起きた。

 県立総合プール(同市)の名誉館長でもある長崎さんは「いつも一緒に泳いでいる子どもたちに、こんな幸せなことが生きていればあるのよ、ということを笑顔で伝えたかった。また、東京五輪に向かって頑張っているアスリートたちの応援の一部になれたら思って走った」と話した。同プールで長崎さんから指導を受けたことのある小中学生10人も「サポートランナー」としてセレモニーを見守った。

 新型コロナ対策で、事前の応募で選ばれた一般客ら約140人が、約1メートルの距離をとり、いすに座って見守った。当初ステージで予定していた高校生によるダンスなどのイベントはすべて中止された。(山谷勉、高橋杏璃、佐藤仁彦

闘病している人たちにエールを

 8日の聖火リレー秋田市を走った秋田県にかほ市の会社員、浅野正樹さん(55)が聖火ランナーへの応募を決めたのは一昨年5月、秋田市内の病院のベッドでだった。その2カ月前に大腸がんが見つかって入院、手術を受けた直後だった。

 「自分は死ぬんじゃないか」と落ち込んでいた時、スマホを見て募集を知った。中学生のころ、町民運動会でトーチを持って走り、歓声を浴びたことを思い出し、「走りたい」と応募した。

 小学校から始めたサッカーで審判をめざした。33歳のとき、県内では数少ない、日本サッカー協会認定の1級審判員になり、2015年まで16年間務めた。Jリーグでは200試合以上、国体や高校総体などの全国大会でも、審判としてピッチに立った。

 ジュビロ磐田(当時)の中山雅史選手が05年、Jリーグ史上初の150ゴールを決めた際、副審としてゴール判定したのも思い出の一つだ。「1級」を勇退した後も2級審判員として県内の大会などで審判をしてきた。

 聖火ランナー応募の推薦文を書いたのは妻の敏子さん(60)。正樹さんの入院中、毎日にかほ市から秋田市まで見舞いに行き、ふさぎ込んでいる正樹さんの姿を見ていた。「走らせてあげたい。気持ちが前向きになるのではないか」との願いを約540字に込めた。

 〈抗がん剤治療を受けながらサッカーやマラソンなどの運動を続け、あきらめず頑張る姿を通じて、同じく闘病している方を勇気づけられることを望んでいます〉

 浅野さんは3カ月おきに検査を受け、再発がないことを確認している。「(聖火ランナーに選ばれ)『病気なんかに絶対に負けるもんか』と生きる希望になった」と話す。

 8日夜、リレーを走り終えた直後は、「聖火が見えたときから心臓がドキドキした」と興奮さめやらぬ様子。「支えてくれた家族と、元気にしてくれた医療関係者に感謝し、闘病している人たちにエールを送りたいと思いながら走りました」(増田洋一)