福島のこと、忘れないで 能代でトーチ掲げた女子高校生

高橋杏璃
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 自分が走ることで、福島と能代への思いが伝われば――。秋田県能代市内を走った高校1年生の佐藤花音(かのん)さん(15)は、そんな思いを胸にトーチを掲げた。聖火リレーが出発した福島県で生まれ、東京電力福島第一原発事故を機に、母の実家がある能代市に自主避難して10年になる。

 2011年3月、母の佳代子さん(42)は、5歳の花音さんを連れて能代に里帰り中だった。原発で事故が起きたと知ったのは、地震から2、3日経ったころ。「何カ月か後にならないと原発の影響は分からない」と、佳代子さんは娘としばらくの間能代にとどまることにした。

 その年の秋、花音さんの小学校の入学前健診の時期になっても、放射能が人にどんな影響を与えるのかはよく分からないままだった。学者でさえ、強い危機感を語る人もいれば、影響はないと言う人もいる。「後から危険だったと分かった、と言われても、母親としては手遅れになる」。佳代子さんは長期的に自主避難することを決め、花音さんは能代の小学校に入学した。以来、福島で働く父親と離れて暮らす。

 「福島で少しでも危険があるかもしれないなら、こっちにいた方が安心だとママは思ったんだよ」。佳代子さんは折にふれて説明したが、花音さんにとっては「気づいたら能代にいた」感覚だ。能代の生活も楽しいが、二本松市の自宅で家族みんなでごはんを食べたり、川俣町の祖母の家でいとこと遊んだりしたことも大切な思い出だ。

 自分には故郷が二つある。そう考えるようになった。

 震災と原発事故で福島の人たちがどんな苦労をしたのかは、小中の授業を通じて学んだ。放射性物質を含んだ水をどう処理するのか、いまだに問題があることも、ニュースで知った。「震災があったときは幼くて何も出来なかったけど、いま出来ることはなんだろう」。そう考えていた時、聖火リレーが福島から始まると聞き、走者に応募した。

 1年の延期を経て、開催テーマだったはずの「復興五輪」について話す人は減った。代わりに、コロナ禍での開催可否を問う声が多く聞かれる。花音さん自身、「選手の活躍は見たいけれど、コロナのことを考えるとどうするのが正しいかは分からない」。それでも走ったのは、福島に笑顔を、能代に感謝を届けたかったからだ。「震災で人生が変わった人がいることを、忘れてほしくない。これからも復興は続くので、少しでもお手伝いできたらと思います」(高橋杏璃)