ネット社会 暗く見えるのはまだ夜明けだから

有料会員記事

[PR]

山口真一のメディア私評

 テレビ番組に出演していたプロレスラーの木村花さん(享年22)が亡くなってから1年が経つ。その間、インターネット上の誹謗(ひぼう)中傷がもたらす被害について様々な議論が交わされ、今年4月にはプロバイダー責任制限法が改正された。法改正により、誰が投稿したのかを被害者が特定しやすくなるなど、匿名の攻撃者から身を守る仕組みの整備が一歩進んだ。

 しかし残念なことに、ネット言論にまつわる問題は収束していくどころか、むしろ加速しているように見える。いま社会に大きな影響を与えている新型コロナウイルスに関連しても、感染者に対するネット上での誹謗中傷や個人情報の特定などが盛んに行われた。

 そして気が付けばネットについての我々の議論は、悲観的な論調であふれるようになっていないだろうか。

 かつてインターネットが登場した時には、自由と民主主義のための夢のツールと期待された。誰もが自由に発信・交流することが可能な人類総メディア時代の到来によって、オープンな意見交換による相互理解が進展し、民主主義が深化すると考えられたのである。1990年代にはこのような期待にあふれた書籍や論文が世界中で発表され、ネットについての様々な明るい議論が交わされた。

 しかし2000年代以降、この論調は暗転する。誹謗中傷だけでなく、フェイクニュースの拡散や、同じような意見にばかり触れやすくなることから生じる社会の分断など、様々な負の側面が顕在化したのである。今ではネットの可能性を前向きに評価する人はほとんどいなくなり、「ネットにはもう暗い未来しかない」という声を多く聞くようになった。

 しかし、失望して諦める前に、いま一度我々がどのような地点にいるか見極め、マクロな視点でこの先の未来を考察しておいた方が良い。そこで、18世紀半ばの産業革命からの近代化の歴史の中に、今のネット社会を位置付けてみよう。

1986年生まれ。国際大学GLOCOM准教授(計量経済学)。近著に「正義を振りかざす『極端な人』の正体」。

 産業革命は、まさに劇的な変化を先進国にもたらした。その変化は、西欧の1人あたりGDPを西暦1年からグラフにすると、産業革命を境に崖ができていると思うほど、急速に成長していることからも分かる。

 経済を主体としたこのような産業社会も、近年、先進国の経済成長が鈍化していることが示唆するように、終わりを迎えようとしている。そして始まったのが、ネットの普及を皮切りとした情報社会である。

 産業社会が200年以上続い…

この記事は有料会員記事です。残り1113文字有料会員になると続きをお読みいただけます。