聖火リレーではなく点火セレモニー 青森で110人参加

吉備彩日 林義則
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 【青森】東京五輪聖火リレーが10日、県内で始まった。新型コロナの感染拡大で1日目の全区間で公道での開催が中止となり、代わりに青森市の青い海公園で点火セレモニーが開かれた。2日目は、中止となったむつ市と三沢市を除き、十和田~八戸を聖火が巡る。(吉備彩日)

 弘前市、西目屋村、平川市、黒石市、つがる市五所川原市、今別町、青森市、むつ市、三沢市で200メートルを走る予定だったランナーは114人。10日のセレモニーには、うち110人が参加した。秋田県から届いた聖火を手に、公園内にポールで区切って作られた道の中を、1人30メートルずつ走ってつないでいった。

 第1走者は、弘前市出身でソフトボール日本代表として五輪に3大会連続出場し、代表監督としても北京五輪でチームを優勝に導いた元同市職員の斎藤春香さん(51)。午後2時半、関係者の拍手を受けながら笑顔で走り出し、次走者にトーチキスで聖火をつないだ。「オリンピアンとして、ソフトボールを通じてたくさんの人にスポーツのすばらしさを伝えたい」と話した。

 参加者全員が走行を終えたのは、日が落ち始めた午後6時すぎ。最後のランナーで、世界的に人気を集めた「ピコ太郎」で知られる青森市出身のお笑い芸人、古坂大魔王さん(47)は、会場の笑いを誘う軽妙なステップでステージに向かい、満面の笑みで聖火皿に点火。「コロナで色んなことを考えさせられる五輪だが、やるからには絶対に盛り上げて、楽しみたい。スポーツは不要不急という人もいるかもしれないが、五輪には必ず感動があると思っている」と話した。

 点火セレモニーは、新型コロナ対策のため、関係者を除く入場者は、ランナー1人当たり友人・家族2人までに制限して開かれた。

 県実行委員会を代表して青森市の小野寺晃彦市長は最後に「復興の続く東北の地につながって来た希望の火が、県内2日目のリレー、そして東京大会の開会まで途切れることなくつながってくれることを願う」とあいさつした。

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 30メートルのリレーを走り終えた西目屋村教委職員の矢沢一輝さん(32)は晴れやかな表情だった。「カヌーは練習できても聖火リレーは練習できない。イメージがつかず緊張したが、始まってしまえば楽しかった」

 3大会連続で五輪に出場したカヌー選手。村の岩木川でカヌーを操り、背負った聖火をつなぐ予定が、思わぬ形のリレーとなった。

 長野出身で、2017年に練習環境が整った村に移住。カヌーによる村おこしを掲げる西目屋で東京五輪をめざし、カヌースラローム競技の練習を重ねてきたが、19年の国際大会で出場権を逃した。それでも「応援してもらった村民のために力になりたい」と残ってトレーニングを続け、後進の育成にも力を注ぐ。

 リレーの形は変わったが「聖火はシンボル。五輪に向けて努力を重ねる数多くの選手のためにとの思いを込めた」。そして、村民のため「本当は、日本に五輪がきた、身近に五輪選手がいるという存在になりたかった。でも村の人たちも聖火ランナーとして走り、五輪が近い存在になったと思う」と振り返った。

 「職員として、カヌーを通じて村を知ってもらえるよう経験を生かす」との決意は変わらない。「指導者としても成長し、五輪を身近に感じた村の子どもたちから五輪をめざす選手が育ってくれればうれしい」と願いを込めた。(林義則)

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 大好きな弘前の桜が描かれた車椅子をこいで聖火をつないだ弘前市の斉藤菜緒子さん(37)。自身の走る姿を通して「車椅子の人が普通に生活している」ことを多くの人に伝えたいと参加を決めた。

 屋外は屋内よりはるかに力がいり、段差もある。ランナーに決まってからは、あえて外で練習を重ねた。「大変だねと声をかけられることもありますが、手伝ってくれる人の優しさに触れる機会も多いんですよ」

 中継車の後ろをついていくのは大変だったが、日頃助けてくれる友人や家族に感謝の気持ちをこめてこぎきった。「家に閉じこもっている障害者の方がいたら、前向きに頑張ればこんなすてきな経験ができるんだよと伝えたい」

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 1964年の聖火リレーでは青森北高校の陸上部員が県内の第1走者を務めた。後輩にあたる工藤莉里さん(3年)は、トーチを持つ手が緊張で震えたが、聖火が付いた瞬間、「一生に一度、元気よくやろう」と切り替わった。

 選ばれた当初は1年生。結果が出せないこともあったが、3年生となった今年の県高校総体では、やり投げで自己ベストを更新し、東北大会出場を決めた。「東北大会も、今日みたいに気持ちが切り替えられたら」と意気込む。

 100歳になった曽祖母に走る姿を見せることも目標だった。直接はかなわなかったが、「トーチを見せに会いに行けるのがうれしい。走ったよって言いに行きます」と笑顔を見せた。

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 64年の聖火リレーで、補助ランナーとして走った経験がある東北町の野田武尚さん(74)は、今回、半世紀ぶりに聖火を持って走る夢がかない、「自分は本当に幸せ者だ」と喜びをかみしめた。

 聖火がともったトーチは、強く握りしめた。「思ったより重かった」と振り返り、「年も年だし、距離が長いとトーチを落とすかもという不安があるから、これくらいの距離でちょうどよかったかな」とはにかんだ。

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 青森市の公道を走る予定だった鈴木奏士さん(高校1年)は、福島県いわき市出身。幼稚園児だった時、東日本大震災の揺れに見舞われたという。その後家族で移り住んだ青森で、カーリングバレーボールを通じて友人に囲まれるようになり、青森は「第二の故郷」になった。今年からは親元を離れ、函館市で寮生活を送る。「つなぐという思いを持って走った。たくさんの思いを、福島の人たちにも伝えられたかな」