平原綾香さんが明かした苦しい過去 だからわたしは歌う

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定塚遼
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 日本で震災が起きるたびに平原綾香さんの「Jupiter」が多くリクエストされ、象徴的な意味を帯びていった。人の痛みに寄り添う歌を作り続け、被災地との交流や基金創設など社会活動にも熱心な歌手の原点には、過去の苦しい体験があった。

 2日にリリースした初のライブベストアルバム「セーブ・ユア・ライフ~アヤカ・ヒラハラ・オール・タイム・ライブ・ベスト~」では、18年に及ぶキャリアの軌跡をたどることができる。レコーディングよりライブが好きという平原。ライブができないことを「生きがいが吹っ飛ばされた」と強い表現でたとえる一方、「もちろん、命が大切なので……」と複雑な表情を浮かべた。

写真・図版
平原綾香さん

 ――平原さんにとって、ライブとはもともとどういう存在で、新型コロナ禍になってからの変化はありましたか

ステージの魔法 「明日声が出なくなってもいい」

 ライブについては、昔からどんなに大変でも好きなものでした。レコーディングよりもライブが好き。ある意味やり直しのきかないものの方が変にこだわらなくて好きですね。

 コンサートでしか出ないような声もあったりする。そして、目の前でダイレクトに反応もいただける。生きがいですよね。でもその生きがいがもう吹っ飛ばされてしまった。やっぱりね、命が大切なのでしょうがないことなんですけど。

 ――ライブでしか出せない声というのは、迫力や音域の部分ですか?

 ステージの魔法っていうのがきっとあるんでしょうね。お客さんが見ているので、そのエネルギーをもらう感覚なのかな? 突発的に「もう明日声が出なくなってもいいや! 限界突破しよう!」みたいな気持ちになるんですよね。不思議と、そういうコンサートで初めて出た声っていうのは、その後レコーディングでも出るようになることがあるんですよね。

 ――アルバムの1曲目は「Jupiter」ですね。この曲は発売されてから新潟中越地震東日本大震災が起きて意味が付加されていきました

 2003年にデビューして、翌年に新潟県中越地震があった。初めて自分の歌を聞いてくれる人がいるって認識できたのが新潟の人たちだったんです。だからすごく感謝してます。

 歌詞の世界観は9・11(米同時多発テロ)のことだったり、難病を抱えていた女の子とそのお母さんのドキュメンタリーを観(み)たりしたことで、詞を書きましたが、それを色々な状況に置き換えて聞いてくださる方がいたんですね。

 それで、「ひとりじゃない」っていうことを震災当時傷ついた人たちが受け取ってくれた。うれしいと同時に、大きな責任を感じた曲でした。

人の痛みに寄り添うような曲を多く出してきた平原さん。ぽつり、ぽつりと、目を伏せ、沈黙の中から言葉を探すように、苦しんだ自身の高校時代を語ってくれた。

何度も届いた手紙 「自殺しようと思っていたけど・・・」

 ――「Jupiter」も含め、平原さんの曲は、苦しい人に寄り添ったり勇気づけたりする曲が多いと思います。あえてそういった思いをこめて書いているんですか?

 最初はあんまり意識してなか…

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