世界が愛する「優しい道着」 いちからつくった男の信念

会員記事

塩谷耕吾、波戸健一
[PR]

 かつて関係者が「ひどい」と口をそろえた勝負服はいま、「世界一優しい」と言われる。柔道日本代表が着用する道着。開発、販売促進を担ってきたミズノの慶徳藤男さん(62)が一から作り上げた。

 2019年春、東京都内のホテルに全日本柔道連盟山下泰裕会長ら約100人が集まった。60歳を迎えた慶徳さんをねぎらうパーティーだった。出席した男子監督の井上康生は、「柔道界の発展は慶徳さんの力なくしてあり得なかった」と話す。一同は昔話に花を咲かせ、笑いながら口をそろえたという。「昔のミズノの道着は、本当にひどかった」

 慶徳さんがミズノに入社したのは1977年。翌年から柔道担当になった。当時、大学や実業団の大会にミズノの柔道着で臨む選手はいなかった。学校の授業用道着の生地を厚くした代物で、着心地は悪くすぐに破れた。「選手に試着をお願いしても、『こんなもの着られるか』と言われた」。営業に回っても、注文は柔道着ではなく、トレーニングウェアやジャージーばかりだったという。

 社内の開発部門と連携し、生地、縫製、パターン(型紙)を一から見直した。全国の試合会場や道場を巡り、選手にフィット感を聞いて回った。「当時の柔道着は洗えば10%は縮む。縮んでちょうどいい物を作らないといけなかった」

 数千人の意見を聞き、身長体重、手足の長さなどのデータを集積。約5年かけて約30種類のパターンを整備した。トップ選手には個別の調整にも応じ、少しずつ信頼を得ていった。

 当時、代表ヘッドコーチを務めた佐藤宣践さんは、「ほとんどの選手が着ていたのは岩崎柔道衣。丈夫で、着心地がいい。慶徳さんが研究を重ね、追いつき追い越せでいい物をつくったんだ」と振り返る。

 1984年ロサンゼルス五輪で5選手がミズノ製を着用し、金メダルを三つ獲得。愛用者が増え、95年世界選手権では代表全員がミズノ製を選んだ。98年に全柔連の公式サプライヤーとなり、日の丸道着を一手に引き受けるようになった。

 その特徴とは。現役時代から愛用する男子監督の井上康生は「勝負の世界でどうなのかはわからないけれど……」と前置きし、説明する。「相手にも自分にも優しい道着。だから世界中で愛される」。柔らかく着心地がいい一方、相手も襟や袖をつかみやすく、技をかけやすい。勝負においては不利につながる。

 1990年代、海外では襟を…

この記事は会員記事会員記事です。無料会員になると月5本までお読みいただけます。