なし崩しの五輪開催 損得示せぬ政治に潜む「大国の夢」

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聞き手・田中聡子
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 開催か、中止か――。そんな議論がくすぶり続ける中、東京五輪の開幕がひたひたと近づいてくる。開催の意義も、開催した場合に負うリスクも明確に説明されず、政府は「時間切れ」を待っているかのようだ。これがまさに、「中途半端な日本」の映し鏡のようだ、と社会学者の佐藤俊樹さんは指摘する。

 ――五輪は開催に向かっているような雰囲気ですね。

 「すごく気持ち悪い展開になってきたなあ、と思っています。半月ほど前までは、『開催か中止か』が焦点になっていました。ところが今は、なし崩し的に開催へ動いているように見えます」

 「一番気持ち悪いのは、『なぜ開催するのか』がはっきり説明されないことです。すでに、五輪中止より緊急事態宣言による経済的損失の方が大きいという試算が示され、感染対策によりお祭り騒ぎができないことは明らかです。それなのに菅義偉首相は『平和の祭典』などと言うだけで、具体的な開催意義を示しません」

 ――「やると決まっているからやる」に見えます。

 「日本社会は『撤退戦』がとても苦手です。日中戦争や第2次世界大戦もそうです。撤退や方向転換した方がよい状況になっても、やめられずに損害を出し続ける。何かをやるときには損得勘定をきちんとした上で、『どういう状況になったらやめるか』を明確にする必要があります。でも、『そういうことをちゃんと考えていますか?』と聞くと、後ろ向きな消極派呼ばわりされます」

 ――五輪に突き進む姿は、無謀な作戦を実行して多数の兵が犠牲になった第2次世界大戦中の「インパール作戦」にもしばしばたとえられます。

 「でも、『インパールだ』と主張する側にも同じことが言えると思いますよ。『五輪反対の世論』には2種類あると思っています。一つは、与えられた試算や研究者の意見など科学的根拠をもとに反対する世論。もう一つは、感情的な世論です。感情的に反対する人は、自分が推進する側になればインパールをやってしまいます。日本社会でインパールのようなだめな意思決定が繰り返される理由は、そこにあると思います」

 「感染症対策でも、『昼間の飲食はよくて夜はだめなのはおかしい』とか『平日は満員電車に乗せているのに、休日遊びに出るのを自粛しろというのはおかしい』とか言われました。でも、感染症の性質を考えれば、両方認めるよりは明らかに正しい処置です。『100%感染する』あるいは『しない』という結論を求めるのも、感染や発症が確率的な事象であることを受け止められていない。あるいは、受け入れたくないのかもしれませんね」

科学を生かせず、感情的な反対論を生み出した

開催理由が納得できる形で説明されない中、政府は五輪へと突き進んでいます。記事の後半で、佐藤さんは、方向転換についての選択肢を示せないのは、従来通用してきた「政治ショー」から、政治家が抜けきれないからだと指摘。「もはや大国ではない」日本において、五輪とコロナ対策の二兎を追うことは難しいと主張します。

 ――でも、五輪に関しては政…

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