まっとうなためらい、政府は今こそ 吉田純子の多事奏論

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 アンシンアンゼン、カンドウ、キボウ。抑揚を失った声がテレビから流れ、耳をかすめて空気に消える。もはや何かの呪文にしかきこえない。人がそういうものを唱えるのは、万策尽きたと思う時だけだ。

 もう引き返せない。前に進むのみ。本当にそうか。面倒くさくて、聞きたくない言葉に耳を塞いでいるだけではないのか。

 もし、自分を応援してくれるファンの人々に、ワクチンの整わない途上国の選手たちに、感染が広がることになったら。日本の選手たちが傷つかないわけがない。何の基準も示されぬまま、「感動」の提供を託されている五輪の主役たちがいま、どれほど不安な思いを強いられていることか。

 鍛錬を経て精神を究める。この1点で、スポーツは芸術に連なる。何百年もの歴史を超え、継承されてきた人類の営みを継ぐ選手たちへの敬意が現政府にあれば、彼らの心を、人生を守るという決意が、何らかのためらいの言葉や施策となり、国民の心に届くだろう。空気に消えることなく。

 ためらうことは、弱いことで…

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