新潟水俣病56年、県は式典開かず「そっとしての声も」

有料会員記事

里見稔、西村奈緒美
[PR]

 新潟水俣病は12日に公式発表から56年を迎える。「風化を防ぐため、今年から式典を毎年開いてほしい」と新潟県に求める声があるが、開かれない。県は様々な意見があることを理由に「10年ごとの節目には何ができるか考えたい」と理解を求めている。

 「被害者の会」や新潟水俣病弁護団は昨年11月、「新潟水俣病の経験と教訓を生かす祈念式典を毎年開き、知事のコメントを出してほしい」と県に要請書を提出した。今年は1次訴訟の判決から半世紀、2次訴訟の和解から25年にあたる。

 念頭にあるのは、県が公式発表50年の2015年に開いた式典だ。被害者や原因企業の昭和電工の会長、環境相ら約300人が出席し、「潜在患者が名乗り出ることのできる環境整備」などをうたった「ふるさとの環境づくり宣言2015」を泉田裕彦知事(当時)が読み上げた。

 「阿賀野患者会」の事務局長、酢山省三さん(73)は「事件を知らない人も増えてきた。関係者が一堂に集う象徴的な取り組みが必要だ」と訴える。係争中の5次訴訟の後押しになれば、との思いもある。

 一方、56年間で五つの損害賠償訴訟が起こされ、勝訴、和解、敗訴と結果はわかれる。補償の内容も様々だ。複数の被害者団体があり、求める「解決」の内容も一様ではない。情報発信への思いに温度差もある。

 四大公害の先陣を切って裁判に踏み出し、1971年に勝訴した原告らでつくる「被災者の会」は50周年の式典は欠席したが、参列者には名を連ねた。会員の一人は「勝訴した人、和解した人、今も裁判中の人と立場はいろいろ」とし、「6月12日には独自で集会を開いている。うちらはうちらでやっている」と言葉を継いだ。一方で、県が教訓を伝える事業を行うことには理解も示す。「(係争中の裁判の原告と)一緒には参加できないが、県の主催を妨げるものではない。(会の)名前だけ出すなどして応援はしたい」とも言う。

 残りの団体は、反対を表明していない。

 昭和電工は「県や関係者と一体となって進めていくべき話と考えている」。環境省は「開催の可否は地元の思いをくみたい」とし、「要請があれば当事者の一人として大臣も出席させてもらいたい」とする。

 こうした声に対し、県生活衛生課の吉岡丹(あきら)課長は「被害者の中には『そっとしておいてくれ』との声もある。そうした声を無視して式典を主導するわけにはいかない」と毎年の式典開催に難色を示す。その上で「次世代につなげる取り組みは必要だと思っている。10年ごとの節目には何らかの事業をしたい」と話す。

 また、14年前から始めた阿賀野川流域で公害が発生した経緯を学ぶ事業を挙げる。小中学生や自治体職員が被害者の話を聞いたり、地場産業を体験したりする。県の担当者は「継続的に教訓を伝える効果がある」と強調する。(里見稔、西村奈緒美)

■式典、熊本では?…

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。