障害者は「超人」 人々をパラに引き込んだ90秒CM

榊原一生
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 史上最も成功したパラリンピック――。9年前のロンドン大会はそう語り継がれ、障害を感じさせない選手のパフォーマンスは「超人(SUPERHUMAN)」と称された。選手や障害の見方を変え、人々をパラの世界に引き込むきっかけとなったのが、英公共放送局が作った90秒のCM映像だった。15日で開幕まで70日となった東京大会を前に、革新的な挑戦に迫った。

 2012年7月17日夜。ロンドン五輪開幕のちょうど10日前、英国内78のチャンネルに90秒のCM映像が映し出された。

 ロンドン・パラに向けてトレーニングをする腕や足のない水泳選手、陸上の車いすランナーたち……。

 突然、映像は目を覆いたくなるような場面に切り替わった。爆弾で吹き飛ぶ戦地の兵士や、先天性の障害を表す胎児のエコー映像。車が大破する交通事故の様子が次々と映し出された。これらの演出は各選手の障害の背景に迫ったものだ。

 映像を制作したのは英公共放送「チャンネル4」(非営利法人が広告収入で運営)。パラリンピックの放映権を初めて獲得し、大会の機運醸成のために「超人たちに会いに行こう(MEET THE SUPERHUMANS)」と題したキャンペーンを展開した。課題を克服した選手たちをスターに仕立て、力強さを前面に打ち出した映像は斬新だった。

 障害の背景までまざまざと見せた生々しいシーンには「視聴者が目を背ける」と社内外から批判が出た。

 それでも、同局元最高マーケティング責任者のダン・ブルック氏はこだわった。「選手それぞれ障害は異なり、背景も違う。でもそれが真実なのです。一人ひとりの物語を知れば共感が生まれ、障害に対する理解も深まる。人々の(ネガティブな)固定観念を覆したかった」

 映像では、選手の手足の切断面もさらした。これまで隠すものとされてきた業界の「タブー」を破り、リアルな姿にこだわった。

 キャンペーンのテーマである「超人」という言葉はどのようにして生まれたのか。源流をさかのぼる。

 ロンドン・パラ開幕1年半前の11年2月、同局の薄暗い一室にブルック氏ら約10人が集まった。パラリンピックに向けたPR戦略を話し合う会議だった。

 企画のクリエーティブディレクターが口を開いた。

 「課題を克服するなど、何かを成し遂げた人としてパラアスリートを描きたい」

 参考にしたのは米国の人気コミックスを原作とした映画「X―メン」だった。遺伝子突然変異で超人的パワーを備えた主人公たちの死闘を繰り広げる姿が、大舞台に挑む選手と重なった。ブルック氏は言う。「X―メンは障害者をポジティブにとらえ、そこから障害がスーパーパワー(超人的な力)につながることをひらめかせてくれた」

 当時、英国では今ほど障害者に対する理解や人権への意識が高くなかった。そんな中、チャンネル4は障害に真っ正面から向き合い、大会関連の番組ではプレゼンターやリポーターに障害者を起用した。

 前例のない取り組みに、元パラ選手で英パラリンピック委員会のニック・ウェボーン会長は「チャンネル4は難解なことへのチャレンジ精神が旺盛。常に新しいアプローチを好んだ。革新的なキャンペーンは障害者を取り巻く交通や教育、医療についてこのままでいいのかと社会に問いかける契機にもなった」と評価する。

 12年8月29日、ロンドン・パラが開幕した。大会期間中の放送は計150時間、大会前も合わせると計500時間を超えた。「超人たちに会いに行こう」キャンペーンは大会の認知度を高め、英国内の人口の3分の2にあたる約4千万人が大会を視聴。チケット販売は過去最高だった08年北京大会の180万枚を上回り、278万枚を完売した。

 大会後、国際オリンピック委員会が出した報告書によると、英国成人の74%が「パラリンピックは障害者への尊重の姿勢や、同等に扱う仕方を世界に示した」という点に同意した。10年6月に比べ、22ポイントの上昇だった。ブラインドサッカー英国代表としてロンドン大会に出場したデイブ・クラーク氏は当時を振り返る。「障害者への同情論は振り払われ、観客は障害のある選手ではなく、スポーツそのものを見に来ていた」

 チャンネル4は続くブラジル・リオデジャネイロ大会でも、今度は「誰もがスーパーヒューマン」というメッセージを込めたCMを展開。理解や多様性を認める社会作りを推し進めた。

 チャンネル4が手がけた映像は、障害への偏見やパラリンピックに対する人々のまなざしを明らかに変えた。一方で超人性を際立たせた結果、スポーツで自らの可能性に挑むパラアスリートと、そうでない一般障害者との二極化を生み、障害者差別が助長されたという調査結果も報告された。

 ブルック氏は、一般の障害者との分断を生んだことを否定はしない。だが、「人は素晴らしい選手の物語に出会えば、もっと知りたいと思う。それは日本人も英国人も変わらない」と言い、「障害者が見えない存在ではなく、人々に見えるようになったことは一番のレガシーだ」。社会変革にはある種のショックが必要だったと考えている。(榊原一生)

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 8月24日に開幕する東京パラリンピック日本財団パラリンピックサポートセンター(山脇康会長)は、パラリンピックやパラスポーツをきっかけとした「ダイバーシティー(多様性)&インクルージョン(包括・共生)」社会実現への可能性を探るオンラインイベント「THE INNOVATION 2012LONDON >>> 2021TOKYO」(プロジェクトパートナー・イギリスパラリンピック委員会/メディアパートナー・朝日新聞社)を開催します。2012年ロンドン・パラリンピックの事例を参考に「大会」「人」「メディア」「教育」の四つのテーマについて掘り下げます。

 視聴は無料。募集ページ(https://www.parasapo-innovation.com/別ウインドウで開きます)で事前にお申し込みください。