甲子園目指した「あの夏は青春」 培った心で大海原へ

構成・山口裕起
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 コロナ禍で中止となった昨年の第102回全国高校野球選手権大会。涙をのんだ昨年の高校3年生世代から、現役選手たちへのエールを伝えます。

小名浜海星専攻科・吉田拓矢さん(いわき海星出身)

 僕はいま、船舶機関士をめざして国家試験の勉強をしています。父が宮城の気仙沼でサンマ漁師をしていて、その姿を小さい頃から見て海で働くことにあこがれました。

 いわき海星はこの春、小名浜と統合し、小名浜海星に校名が変わりました。昨年は僕にとっても学校にとっても最後の夏。21世紀枠で選抜に出た2013年以来の甲子園が目標でした。2年の秋に海洋実習で2カ月間、太平洋でマグロ漁をしていた時も、船の中で筋トレをしていました。5月、大会の中止をニュースで知った時は、頭が真っ白になりました。「今までの努力は無駄だったのか」と。でも、野球部に入った時に親とかわした「最後までやりきる」という約束を果たそうと前を向きました。

 じつは、中学までで野球をやめるつもりでした。でも、高校で担任に勧められて、続けました。その頃に父から、「一度決めたことは何があっても途中で投げ出すんじゃない」と言われたのです。父と会えるのは年末年始ぐらい。いつも海に出ています。

 福島の独自大会は16強止まりでしたが、試合が終わった瞬間は充実感でいっぱいになりました。主将として、4番打者として挑んだあの夏は僕の青春です。同級生はたったの5人でしたが、チームワークは日本一だと思っています。

 みなさんも、コロナ禍で思うような練習ができない日々が続きますが、あきらめない気持ちを持って頑張ってください。ユニホームを脱いだときに、きっと達成感を味わえますから。

 5月に久しぶりにバットを握りました。友達に誘われた草野球でヒットを打ちました。僕もまだまだやれるな、とも思いましたが、未練はありません。野球で培ったへこたれない心で、大海原で活躍できる人間になりたいです。(構成・山口裕起)

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 よしだ・たくや 2002年生まれ。小学1年で野球を始め、福島・いわき海星では主将で4番捕手。3年夏の独自大会は4回戦で郡山商に敗れた。船舶機関士をめざし、今春から小名浜海星の専攻科に通う。身長174センチ、体重65キロ。