小林亜星さんは「日本のW・ディズニー」テリー伊藤さん

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聞き手=編集委員・後藤洋平
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 88歳で死去した小林亜星さんは、本業の音楽家として数々のヒットソングやCMソングを手がけ、俳優やタレントとしても活躍した。小林さんと親交のあった演出家でテレビプロデューサーのテリー伊藤さん(71)は、「亜星さんの一番の魅力は、人間としての本質だった。それが才能だった」と振り返った。

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 お付き合いが始まったのは、たぶん阿久悠さんに紹介してもらってからです。以降、情報番組の共演者として何度かご一緒し、プライベートでもお会いして色々とお話をさせて頂きました。

 まず最初に思い浮かぶのはCM。ある世代の人々にとっては、亜星さんのCMソングによって、どれだけ人生が豊かになったか分からない。

 たとえばシルヴィ・バルタンが歌ったレナウンの「ワンサカ娘」。あんな短い時間の曲で、あんなワクワクする歌をよく作れますよね。

 それからブリヂストンの「どこまでも行こう」もそう。亜星さんは、まだ閉鎖的だった1960年代の日本の雰囲気をぶち破り、人々に開放感を与えた。

 感性がよく、時代をみる目がすごかったからああいう曲を作れたのでしょう。世の中を斜めに見ず、客観的にも見なかった。真っ正面から向き合った。

 あんまり使いたくない言葉だけれど、本当に「少年のような心」を持っている人でした。

「北の宿から」は「ないものねだり」

 後輩の僕と話していても、いつも素直でした。僕は「快傑ライオン丸」や「狼(おおかみ)少年ケン」の主題歌を聴いて、本当にワクワクした。それをご本人に伝えると、ニコニコして「ああ、そうなんだ」と喜んで下さった。

 「魔法使いサリー」もそうだけど、あの当時の少年少女の心をつかめる位置に、ずっと居た人だった。最後にお会いしたのは、数年前の雑誌での対談でしたが、そんな話の後で背中を見た時に「この人は日本音楽界のウォルト・ディズニーだな」と思いました。

 一方で、都はるみさんが「女…

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