広島が見つめる核抑止論 ワシントンから転勤して考えた

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渡辺丘
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 ワシントンに駐在し、米国の核戦略について取材を重ねてきた。米軍基地を訪ね歩き「米国核戦力 現場から」と題した連載にも取り組んだ。今春、広島に転勤となり、より強く感じることがある。冷戦後30年経っても根強い核抑止の論理にこだわる核大国と、その対極にある日本の被爆地の核廃絶の願い。そのギャップがあまりにも大きいことだ。

 広島で会いたい人がいた。被爆者の森重昭さん(84)だ。森さんは、2016年5月、広島でオバマ大統領(当時)と抱擁した。オバマ氏は現職大統領として初めて広島を訪問。平和記念公園で森さんを抱き寄せる様子は米国だけでなく、世界中で報じられた。転勤直後に森さんの自宅を訪ねた。

 1945年のあの日、8歳の森さんは通学途中だった。爆心地から2・5キロの橋の上を歩いていると、隣の友人が「B29だ!」と叫び、空を見上げようとした瞬間に爆風に吹き飛ばされた。爆心地に近い側にいた友人2人は大やけどを負って亡くなった、と後で聞いた。

 「水深30~40センチの川の中に落ち、両手の10本の指を数えようとしたが、あたりは真っ暗で数えられなかった」「体が裂け、内臓が飛び出している人がいっぱいいて、血だらけの人に息も絶え絶え、助けを求められた」――。

 オバマ氏は09年のプラハ演説で、「核兵器なき世界」をめざすと表明した。核をもつ超大国のメッセージは世界の多くの人々に核廃絶が進む期待を抱かせた。そのオバマ氏の歴史的な広島訪問から5年が経った。森さんはこの間、どう感じてきたのだろうか。

 「オバマ氏は口では核廃絶と…

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