埼玉初出店のシェフ「ナマズは難しい分おもしろい」

加藤真太郎
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 「なまずの里」に強力な助っ人が現れた。埼玉県吉川市のイオンタウン吉川美南に12日、山形県鶴岡市イタリアン「アル・ケッチァーノ」の奥田政行オーナーシェフ(51)監修の「イル・ケェッチァーノ」が開店した。イタリアスローフード協会国際本部主催の祭典「テッラ・マードレ」(2006年)で「世界の料理人1000人」に選ばれたシェフがナマズによる町おこしに共鳴。ナマズの創作料理を皿に彩った。

 12日夕、店に一組の父娘が招かれた。吉川市内の水田で日本ナマズの養殖を手がける「源・養魚場スズキ」の鈴木勝英さん(75)と晴美さん(48)だ。

 ナマズのミンチをつめて揚げたオリーブととうもろこしのスープ、ナマズとキャベツのペペロンチーノとナマズの卵、ナマズの頭とじゃがいものロースト、ナマズと吉川ねぎのバルサミコ煮込み。スズキから仕入れたメス1匹を隅から隅まで使い切った逸品の連続に、驚きと感動を隠せない。

 コロナ禍で頼みのイベントが軒並み中止になり、ナマズから手を引こうか迷ったという。「においが全くしない。頭も初めて食べた。養殖する楽しみが増します」と勝英さん。晴美さんは「うちのナマズとは思えない。いろんな料理を試しても特有のにおいが残り、限界かなと思っていた。若い世代のハードルが下がると思う」。

 奥田シェフは「難しい食材。火を入れる温度が皮と身で違う。だからこそ、料理人の知識と経験がいきておもしろい」。テーブルに3人の笑顔が広がった。

 吉川は東の江戸川と西の中川に囲まれ、川の水を引き込んだ用水路や小川では子供たちがナマズ捕りを楽しんだ。河岸周辺は川魚料理を出す料亭が並び、家庭でも、包丁でたたいた身にみそを練り込んで丸めて揚げた「ナマズのたたき」などが親しまれてきたという。

 しかし、都市化が進むにつれてナマズは激減。現在は市内2団体が養殖し、近隣の老舗料亭や川魚料理店、イベント用などに出荷しているが、スーパーではお目にかかれない。12日に店で「吉川ナマズと吉川ネギカルピオーネ」を食べた客からも「見たことはあるけど、初めて食べた」との声が多かったという。

 「アル・ケッチァーノ」がある山形県庄内地方は四方を月山や鳥海山などの山々と日本海、川、平野に囲まれ、きれいな水、土壌などの豊かな自然環境で育まれた食材が四季を通して豊富にとれる「食の都」だ。

 そんな故郷で、奥田シェフは素材そのものの魅力を最大限いかした創作料理を次々と生み出し、食材を大切に育むこだわりの生産者と消費者をつないできた。代々継がれてきた在来作物にも光を当ててきた。近年は日本の食材や食文化の発信にも情熱を注いできた。

 そんな奥田シェフが縁あって埼玉に初出店。吉川美南は12年開業のJR武蔵野線の駅周辺にマンションや住宅が並ぶ新しい街だ。

 「ナマズを通して、まちの歴史をひもとき、古くからの住民と新しい住民、世代間の交流が生まれる一つの材料になれば」と奥田シェフ。小松菜や草加せんべいなど埼玉の食材や食文化への好奇心もわく。「狭山茶を使った食前酒も出す。料理長は川口出身。山形と埼玉のおいしいものをうまく取り込んでいけたら」(加藤真太郎)

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 見えないウイルスは奥田シェフの店にも直撃した。 山形の「アル・ケッチァーノ」は首都圏からの客が来なくなり、銀座など東京都心の店も度重なる緊急事態宣言による自粛要請でワインなどの酒が提供できず、売り上げは半分以下に。感染防止対策を徹底しても「おいしいものを食べて、おしゃれに酔いたい」という常連客が遠のいた。

 それでも生産農家を守ろうと、食材の仕入れは継続。仲間の店と協力してスタッフを引き受けてもらうなど、生き残りに必死だ。

 10日には、国内の飲食18団体が開いた「外食崩壊寸前、事業者の声」の緊急記者会見にも出席。「飲食店が少なくなっていくと生産者らのモチベーションが下がり、日本の食の風景や原風景がなくなってしまう」と危機感を訴えた。

 奥田シェフは「せっかく何年もかけて日本の食習慣を食文化にし、1次産業の人たちと一緒に力を合わせて日本の食材を世界に発信し、盛り上げてきたのに、ケアしようという姿勢を政治に感じない。一度止まるとさびついてしまい、復活は容易でない」と話した。