「今までにやれなかったことをやりたい」
39歳の誕生日目前でステージ4のがんと診断され、男はそう考えた。先天性の難病で身長112センチの彼が求めたのは、セックスと純愛だった。
2014年のこと。テレビドラマ「相棒」などを手がける脚本家の真野勝成は、大学時代からの友人である池田英彦から提案を受けた。「僕自身を映画にしたい」と。
骨の疾患である軟骨無形成症で身長が低く、手足が短かった池田は、少し前、ステージ4のスキルス性胃がんと診断された。何も対処しなければ、生きられるのはあと2カ月と医師に告げられたという。
抗がん剤治療などによる闘病生活を始めるとともに、若くして死を予感することになった彼は、やり残したことがないように生き抜くと決意していた。
生まれついての疾患がありつつも、真野の目には池田は「普通の青年」として映っていた。
スポーツタイプの車を駆り、身なりにも人一倍、気をつかう。帽子はボルサリーノ、めがねはルノアと、いずれも海外の高級ブランド品を身につけていた。さらに、好みの既製服を買い求めては、個人経営の洋裁店で仕立て直していた。
人を引きつける魅力があり、匂い立つような色気があった。それは池田自身も自覚していた。恋人とのデートや性愛の経験は乏しかったが、この体でなければ「鼻持ちならないプレーボーイで、ひとを見下すようなイヤなやつになっていたかも」。池田本人がそう言っていたのを、真野は覚えている。
池田は神奈川県の相模原市役所で働き、「高い知性や収入があり、真面目な社会人としての一面があった」。一方で、男友達が集まる場では、低俗な話も繰り出す、人なつっこさも持ち合わせていた。「いわゆるホモソーシャルな会話はよくしていた。普通と言えば、ごく普通の男だった」と真野。
いつもユーモアを忘れない池田だったが、がんと診断されてうろたえていた。そして、性愛への欲望を率直に口にする。
女性との性交を自分で記録したい。
そして、女性とのデートも撮りたい、と。
それが、池田の「やり残したこと」だった。
池田は生き急ぐように、その日限りの女性との性交を、ハンディーカメラで自撮りし続けた。一回り大きな女性とキスし、体を合わせる。
池田はその映像を後に見返し…