DVは美容師が見抜く 「女性殺し」増に広がる救いの手

アンジェラ・ボルドリーニ記者、フォーリャ・デ・サンパウロから
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 NPOのスパークニュース(パリ)の呼びかけで、世界13カ国の報道機関15社がジェンダー平等社会の実現に向けた特集「Towards Equality」を展開します。新型コロナウイルスの世界的流行で深刻化する、根強い男女差別や職場、家庭における「男らしさ」「女らしさ」という固定観念――。各国のジェンダー平等の最前線の取り組みに関する記事を世界で同時発信していきます。朝日新聞では紙面とともに、朝日新聞デジタルでも随時、記事を掲載します。今回はブラジルのメディア「フォーリャ・デ・サンパウロ」の記事を掲載します。

 ブラジル中西部で2017年、美容師向けのある取り組みが始まった。DV(家庭内暴力)の被害者を見つけて支援する専門家の育成プログラムで、これまでに272人の美容師が研修を受け、他の6州にも広がっている。

 ブラジルではこの年、6万8千件を超えるDVが報告された。世界のDV被害者のうち、警察に届け出るのはわずか10%だという国連の報告を考えれば、これは氷山の一角にすぎない。

 ジェンダーに基づく暴力に対する前例のない活動が始まったのは中西部マットグロッソドスル州。美容師が利用客から虐待被害の兆候をつかんで通報できるよう、州司法当局が美容師を訓練する。「暴力に立ち向かう手」と呼ばれるプログラムで、カンポグランデ市で272人の美容師が受講。他の6州の7都市に広まり、理髪店でも初めて実施されることになった。

 プログラムの創設者、ジャケリネ・マシャド判事は「今度は男性にアプローチする」と話す。美容室での目的が被害者の救済であるとすれば、理髪店での目的は虐待しているかもしれない人々との会話を通して暴力を未然に防ぐことだ。昨年理髪店向けの最初の二つの研修がオンラインで開かれた。

 NPO「ブラジル公安フォーラム」によると、コロナ禍によるロックダウン都市封鎖)の間、ソーシャルメディアで報告されるDVの件数が431%急増し、女性であることを理由にした殺人「フェミサイド(女性殺し)」も20年上半期に2%増加(前年同期比)した。

 「フェミサイド」が世界で5番目に多いこの国では、犠牲者の約40%が家族や親密な関係にあった人の手にかけられた。「男性は虐待の罪を不当に着せられることをしばしば恐れている」「ある種の振る舞いが暴力とみなされることを知らない」。理容師の研修で使われた冊子の一つにはそう書かれている。

 プログラムでは理容師たちに性差別の起源や影響について教えるだけでなく、「マリア・ダ・ペニャ法」など、女性を虐待から守るための法律について知らせることもめざしている。06年に施行された同法では、特別裁判所を設け、犯罪者の刑罰を厳しくするとともに、人口6万以上の都市で被害者のためのシェルターを設けるなど、予防や救済の取り組みを確立した。理容師自身がこのことを理解できれば、利用客に同じことを教えることができるようになる。

 カンポグランデの理髪店で働くヘナン・シルベイアさんは、男性向けプログラムの2回目の研修に参加した。「男性的な環境になりがちな理髪店にこの手の情報を取り込むのは、とてもいいことだと思う」。この問題に関心のある理容師にとっては簡単な内容だったといい、「すばらしい研修だったが、この問題を少しでも理解している人には簡単すぎたかも。SNSで拡散するようなシンプルで直接的なものがあればおもしろい」と指摘する。

 男性用の理髪店でも女性用の美容室でも、DVに関する情報を正しく理解することがこのプロジェクトが機能するための鍵となる。「プロジェクトは教育に力を入れています。女性の中には、加害者から逃れることが『家庭放棄』というありもしない犯罪になると考える人がまだいるからです」とマシャド判事はいう。「マットグロッソドスル州では19年のフェミサイドの被害者の大半が法の裁きを求めず、警察に届け出もせず、保護措置が講じられなかった。こうした女性たちをシステムの中に取り込む必要がある」

 これまで、プログラムに参加するネイリストと美容師は、63人の女性がDV事件を警察に届けるのを手助けしたという。女性が被害を届け出る際にプログラムについて話さないこともあるため、実際の人数はもっと多い可能性が高い。提携している50の美容室で計約2万2千人の利用客に毎月アプローチできることになる。

 カンポグランデで美容室を経営するアンドレイア・ソウザさんはいう。「先日、あるお客様が店内で泣き出した。一緒にいた従業員は(DVに関する情報や助けを求められる場所の一覧が掲載された州司法当局作成の)雑誌をそっと手渡し、お客様はそれを受け取りました」。10人の従業員全員がプログラムを受けていたおかげで、研修後に働き始めた同僚がDVから抜け出すのを手助けすることもできたという。

 「暴力に立ち向かう手」はマットグロッソドスル州で始まって以来、サンパウロ、ピアウイ、パラー、リオグランデドスル、パラナ、リオデジャネイロの州司法当局でも採用された。理髪店での取り組みもペルナンブコ州で取り入れられている。

 しかし、このプログラムには限界があると、フェミニストのイザベラ・デルモンデ弁護士は指摘する。「政府当局が個人を支援するためにこの事業を立ち上げたことを心配している」。このような取り組みには善意が込められているが、被害者支援のあり方を改善し、暴力の発生率を下げるためのよりよい公共政策に取って代われはしないからだ。「一人の女性の命を救うことは美しい。だが、他の数百万人はどうするのか。抜本的に改善するには公共投資が必要で、構造的でなくてはならない」(アンジェラ・ボルドリーニ記者、フォーリャ・デ・サンパウロから)

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男女格差が先進7カ国で最下位の日本。生きにくさを感じているのは、女性だけではありません。だれもが「ありのままの自分」で生きられる社会をめざして。ジェンダーについて、一緒に考えませんか。[記事一覧へ]