ナショナリズムと言論弾圧 それでも画家は灯を守った

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西田理人
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 戦時下のナショナリズム言論弾圧のあおりを受けて、「絶滅」の危機に瀕(ひん)した日本の前衛絵画。伝統や古典を賛美する声が日増しに大きくなる中、画家はいかにして前衛の灯を守ろうとしたのか。京都で開催中の企画展「さまよえる絵筆 東京・京都 戦時下の前衛画家たち」は約100点の作品と、雑誌などの資料を通じて、それでも絵筆を握り続けた芸術家たちの、逡巡(しゅんじゅん)や苦闘の軌跡を浮かび上がらせる。

前衛から伝統へ 突然の「転向」

 会場に並んだ2点の油絵が、当時の画家たちが直面した困難な状況を端的に示している。

 日本のシュールレアリスムを代表する画家のひとり、小牧源太郎(1906~89)が描いた「鳥紋図形」(41年)と「壁画(十一面観音像)」(43年)。前者は、鳥をかたどった記号的表現が鍵穴や象形文字のようにも見える、超現実主義の作品。対して後者は、東洋の伝統が色濃くにじむ仏教絵画を思わせ、前衛的な試みがほとんど封印されているのが印象的だ。あまりの作風の違いに、同じ画家が描いた作品だとは、にわかに信じがたい。

 29歳にして京都で絵画を学び始め、誇大妄想や胎内空想を描いた幻視的な作品でたちまち頭角を現した小牧は、41年ごろから繰り返し仏教的なモチーフを描くようになる。その突然の「転向」の理由を、画家は後にこう語っている。

 「前衛絵画は弾圧され、シュ…

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