「絶頂」極めた陰でつきまとった「孤独」 克行被告判決

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戸田和敬
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 2019年7月の参院選広島選挙区で、100人に計約2900万円を配ったとして公職選挙法違反(加重買収など)の罪に問われた元法相で元衆院議員の河井克行被告(58)の判決公判が18日、東京地裁で開かれ、懲役3年の実刑判決が言い渡された。中央では安倍晋三氏や菅義偉氏に近い存在として、安全保障の要職である首相補佐官を担い、「絶頂」を極めた。その一方で、地元では「孤独」の影が常につきまとった。

県議から国政へ ぎくしゃくした関係

 「私は世襲でも官僚出身でもなく、家系に大きな資産家もいないごく普通の青年だった」。公判でそう語った河井克行被告(58)は、瀬戸内海の多島美を望む港町の三原市で生まれ、後に自身の選挙区となる広島市安佐南区で青年時代を過ごした。

 慶応大で国際政治を学び、「日本の政治、広島を良くしたい」と卒業後に松下政経塾の門をたたいた。5年通ったうち、1年間は渡米して政治を学んだ。

 1991年に広島県議に初当選。93年、任期途中で自民党の公認を得て衆院広島1区に立候補したが、亡父の後を継いだ岸田文雄氏に敗れた。河井被告は「立候補したことをきっかけに県連との関係がぎくしゃくした」と振り返る。

 96年には自民党公認で、衆院広島3区で初当選したが、2000年の選挙では落選。無所属での当選者が自民党入りしたため、次の03年では比例区と選挙区の候補を選挙ごとに入れ替える「コスタリカ方式」によって、比例区に回された。「(県連との)ぎくしゃくは解消せず、安定しない選挙区だった。地方議員、首長で私を応援する人は極めて少なかった」。岸田氏が率いる、広島で影響力の強い自民党の伝統派閥「宏池(こうち)会」にも所属せず、無派閥の立場をとった。

首相代理で各国を歴訪 それでも気になる「敬老会」

 一方、衆院議員を7期務める中で、菅義偉首相安倍晋三前首相に近い存在として知られていくようになった。第2次安倍政権発足後の15年に外交・安保の要である首相補佐官に起用されると、首相代理として各国首脳を歴訪。政治家として絶頂期を迎えた。

 だが、河井被告は公判で「ベテランと思ったことは一度も無い」と言った。背景にあったのは焦燥感だ。「過去3回の衆院選得票数は8万8千、8万5千、8万3千と減った。大変不本意だった」と吐露した。

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