全国手話検定1級に12歳が最年少合格 将来の夢は医師

浜田綾
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 あなた、耳が聞こえないの――? 街で案内した相手にふと手話でたずねられることがある。自然な手話だと認めてもらえた気がして、「個人的にうれしい言葉なんです」。阿萬暖々果(あまんののか)さん(12)は、笑顔でそう語る。全国手話検定試験(全国手話研修センター主催)の最難関である1級にこの春、最年少で合格した。

 どうやって手話を覚えたのか自分も分からない。兄の和春(にこはる)さん(14)は内耳や聴覚神経に障害のある感音性難聴で、物心つく前から手話が日常にあった。「自然と身についていく生活習慣みたいなものでした」

 5歳の時に同検定5級に合格。小学校では補聴器を使えない水泳の授業で難聴の同級生に先生の指示を通訳したり、「手話言語の国際デー」のイベントに参加したり。家の外でも手話は身近だった。

 自らを「意地っ張りなくらい負けず嫌いで短期集中型の努力家」と分析。小3で始めた空手は毎朝5時起きで練習するなどストイックに取り組み、小4の時に国際大会で3位に。だが目標を達成するとすっぱり辞めた。一方、今まで生きた12年間を丸ごとかけて培ってきた手話については「うまく言えないけど、燃え尽きてしまう対象ではないんです」。

 手話通訳士の母・清香さん(38)は、幼い頃から手話の大先輩であこがれの存在だった。それがここ1、2年で、関係が変わった気がしている。

 「ねえ、ここはこうした方がよかったんじゃないの?」。知事会見で手話通訳する清香さんの映像を見ながら指摘する。「そこ迷ったんだよね」と清香さん。手話談義は今や日常風景で、「手話に関しては、対等に意見し合える関係になったと思っています」。

 自主自立を重んじる校風にひかれた五ケ瀬中等教育学校=宮崎県五ケ瀬町=に4月に入学し、西都市の実家を出て寮生活を始めた。同校の受験を決めた時、同時に「小学校卒業の記念」として手話検定1級に挑戦することも決めた。

 だが、この1年余りは新型コロナウイルスの影響で、週に一度大人に交じって受けてきた手話の講座は休みに。検定の試験日程もずれこんで二つの受験時期が重なり、1級合格は「ほぼあきらめていました」。

 5月下旬の夜、清香さんから寮に電話があった。「一番楽しみにしているでしょう……おめでとう!」。すっかり忘れていた合格報告で、喜びが一気にこみ上げた。

 今は同級生や先生に「手話を教えて」と言われるのがうれしい。食事中でも騒がしい場所でも、手話なら意思疎通できる。もっと気軽なツールとして広めたい。次に目指す手話通訳士の試験を受けられるのは、20歳になる年だ。

 将来の夢は産婦人科医になって、地元西都で病院を開くこと。「聴覚のサポートが必要な妊産婦さんもいるはず。手話で直接話せることで、安心してもらえると思うんです」(浜田綾)