「リケジョ」なくなるか

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 長時間労働が求められる研究者の世界は、圧倒的な男性社会です。そんな中、女性研究者たちは「成果を出さねば生き残れない」という重圧感だけでなく、家事や育児の負担とも闘っています。女性がジェンダーにとらわれずに働ける社会をつくるには、どうすればいいのでしょう。課題や必要な支援策について、記者サロンを通じて考えました。

理系の女性研究者 現状と課題は

 5月30日にオンラインで開催した記者サロン「『リケジョ』はなくなるのか」は、5人の女性研究者の生き方を描いた連載「『リケジョ』がなくなる日」への反響をきっかけに生まれました。

 ゲストとして、全国初の学内の学童保育の立ち上げに携わった名古屋大准教授の佐々木成江さんと、5歳の長女を育てながら研究を続ける東京農工大助教の黒岩恵さんを迎えました。女性研究者だけでなく、男性や、研究者を目指す学生ら約300人が視聴。配信中も、さまざまな質問が寄せられました。またサロン後は、抽選で選ばれた12人と記者が直接話し合う場も設けました。

 連載を担当した藤波優記者、小川詩織記者、杉浦奈実記者は、いずれも学生時代、理工系の分野で学んだ元「リケジョ」です。

 大学の教員のうち、女性が占める割合は理学部、工学部とも10%前後です。連載や記者サロンのタイトルには、理系の女性研究者が「リケジョ」と特別視される現状を変えたいという思いが込められています。

 当日はまず、3人の記者が、女性研究者は男性研究者に比べ結婚している割合が低いことや、任期付きのポストを転々とすることが一般的なため、配偶者と別居になるケースが多いこと、そうした事情も関連してか子どもが少ないことなどを紹介しました。

 その後、現状や将来への期待についてゲストの2人に伺いました。やりとりの一部を紹介します。

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 ――子どもができてから生活はどう変化しましたか。

 黒岩「研究にかけられる時間が減りました。夜までの実験や、野外に試料を取りに行くことも多かったのですが、出張などはできなくなります。データの解析に比重を置くなど、場所を選ばずにできる研究も取り入れながらやっています」

 「実習を受け持っていたので、私は育休を取らずに産休だけですぐ復帰しました。私たちの職業は非常に専門性が高いという特徴があります。代替の人材がすぐに見つからず、任期の都合もあり、長期の休みを取るのが難しいと思います」

 佐々木「子どもを産む前は午前様のことも多くて、『産めるのかな』と思っていました。でも、大学に保育園を作る活動の中で、女性教授陣から『子どもは社会の中で育てないとダメだ』と言われ、みんなに育ててもらえばいいと思い、産む決意ができました」

 「私も育休を取らずに復帰しています。同僚と同じマンションに住んで助け合ったり、お手伝いさんに家事を頼んだり。また、つわりがひどく、夫が出産後は全部やるといったので、夫一人でも育てやすいように学童を作るなど環境を整えました。難しいと思ったのは、娘の病気で1カ月に3日しか預けられなかった時。1年後は免疫がついて病気しにくくなりましたが、後輩たちのために病児保育も大学に作りました」

 ――育休を取らなかった理由は。

 黒岩「授業の都合が大きかったです。多い人数の学生を、少ない教員で安全を確保しながら見るのが大変で、休みは取れないかなと。難産だったので、産んだ後は本当に大学に通えるようになるか心配だったんですが、学生さんや実習アルバイトなど多くの人に助けてもらい、なんとかやったという感じでした」

 佐々木「研究をストップしてしまうという不安や、学生の卒業研究の時期だったということもあり、育休は取りませんでした。ただ、復帰前はずっと家で、1人で抱っこし続けてトイレも行けないという状態だったので、あのままならノイローゼになっていたかも。育児のプロである保育園の先生にも色々相談できて助かったので、早く復帰する利点もあるなと思いました」

 ――あって良かった、あったらいいなと思うしくみや制度は。

 黒岩「休みがとれるよう、職員の派遣制度はかなり助けになると思います。今、所属している大学にはあって、実際に使って乗り切っている方もいるようです。あとは、任期付きで次の職を探す時、公募の条件に給与も書かれていないようなことがよくあるんです。福利厚生の制度もわからず、将来のキャリアプランを立てづらい。男性にとってもすごく不安な要素だと思いますが、特に妊娠・出産といったキャリアの断絶が起こりやすいことを考えると、女性が参入しづらい点なのではと思います。支援制度の内容を採用段階や、中にいる人に知らせるサポートも必要です」

 佐々木「必要な制度はまだまだたくさんあるので、どうやって仕組みを変えるか、変えてきたかを知ることが自分たちを守る大きな武器になるかと。(多くの学会が加盟する)男女共同参画学協会連絡会は、大規模アンケートや国の計画に今までに数多くの提言をしていますが、個人でも、学会やパブコメを通じて声を上げられます。これまで、国の計画には新規採用の女性教員割合の目標値しかなかったのが、上位職の女性教員割合の目標値が初めて入りました。また、若手支援では40歳未満の教員採用が対象ですが、出産や育児による年齢制限緩和が盛り込まれています。同居支援については、海外のように夫婦雇用や、国が研究員を雇ってどこでも異動できる身分を確保する制度を早く作ってほしいとお願いしているところです」

 ――長時間労働が多いことについてはどう考えますか。

 黒岩「今、大学の運営に関わるようなポジションの方は、家庭で奥さんが子どもの面倒をみている、ということがベースにあるのだろうと感じます。全体の仕事を長時間労働で何とか回している現状を考えると、女性を採用しても、単純にポストを空けただけでは定着できない部分もあります。働き方全体として変えないといけないと感じています」

 佐々木「時間の問題なので、『時計を変える』ということが一番役に立つかと思います。若手の研究事業の年齢制限を、出産した人については5歳プラスすることで女性の採択率があがった例もあります。会議やセミナーなどを午後5時以降や土曜日に入れられてしまうのも問題ですね。公式に参加しなくてはいけないものは、就業時間内に収めることが大事という気がします」

 ――男性教員や男子学生の意識は変わってきていますか。

 佐々木「名古屋大学の場合は、執行部の意識は大きく変わってきたと思います。現場の方が遅れていますね。教員による差も激しすぎます。なので、研究を進めるためにも、研究室を選択する目を養うことは重要だと思います。ただそうすると選択肢が狭まるから、やっぱり、早くそういった状況は無くしたいですね」

 黒岩「私自身は女性だからと差別を受けたと感じたことはほとんどないです。『博士課程に行くなら結婚できないと思った方がいいよ』と言われたことがありますが、上司らは出産や子どもの不調による欠席にすごく理解がありました。そういう幸運もあり、今も残ることができているのだと思います」

 「一方で大学全体で共有された意識があるかというと、ちょっと弱くて、個々の意識の問題に委ねられている部分があると思います。組織全体で成熟した議論ができるように頑張りたいなと思います」

 ――大変な面ばかりでなく、研究職の魅力についても教えて下さい。

 黒岩「サイエンスの中では年齢や性別に関係なく、学生でも教員でも議論しながら、いいものを生み出していこうとする。こういう共通認識で向き合えるのはすごく魅力だと思っています。海外にいる人や年齢が違う人とでも、同志のような感覚を覚えられるのは楽しいところです」

 佐々木「新しいことが分かった時のドキドキ感やその時の興奮は一回味わうと、病みつきになる気がします。学生の成長に感動することもありますね。将来に不安を感じている女子学生たちに、実際に女性教員たちが研究を楽しんでいる姿やポジションが上がることで研究の幅も広がることを早めに教えてあげることは重要だと思います」

 ――研究者の世界に女性が増えると、どんな利点があるでしょう。

 黒岩「そもそも生まれ持った性別などによって特定のグループだけが職業を選択しづらいなら、解決しないといけないというのが根底としてあります。特定の生活スタイルや性質を持った人だけが残っていくより、多様な人が活躍できる方が、研究としても良いパフォーマンスが出るだろうと思います」

 佐々木「女性が入ることで多様性があがり、論文の引用件数が増えるといった効果が海外では分析されています。また、実験にオスの動物だけを使うとか、女性の被験者が少ないことによって女性に健康被害が出るなどの問題が生まれています。性差を考慮した研究や技術開発(ジェンダード・イノベーションズ)は、女性研究者たちが引っ張っている分野です。日本でも推進できるようすすめています」

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 記者サロンの動画は、「リケジョ」はなくなるのか 女性研究者と記者が考えたで検索し、出てくる記事からご覧になることができます。

視聴者から――アイドル扱いは違和感■研究室に外部の目■上に立つ人に指導を

 抽選で選ばれた視聴者との話し合いの場では、女性が働きやすい社会にするにはどうすればいいかなどを話し合いました。

 ――連載のタイトルにも使われた「リケジョ」という言葉。理系に進む女性が少ないから成り立っている言葉で、どういうイメージを持っていますか。

 20代女性「『リケジョ』という言葉を使う側がどう思っているかという問題だと思います。必ずしもネガティブなイメージではありません」

 20代男性「自分のいる米国でもWomen in STEMという言葉があり、女性研究者を増やそうとしています。リケジョという言葉もそういう女性活躍を増やそうという意味ならいいですが、5年ほど前に読んだ雑誌では、『リケジョ』として容姿のいい女性が載っていました。容姿にこだわり、アイドルのような使い方はどうかと思います」

 30代女性「キラキラしているような、つくられた女子学生のイメージ。早くなくなってほしい言葉」

 30代女性「理系の女子学生が少ないことを、皮肉をこめて使っている言葉であまり好きではありません。上の世代の人たちが、理系の女性の存在をアピールしたくて、つくった言葉なのかなと感じています」

 ――研究室や職場などで、働きにくさを感じたことはありますか。

 30代女性「女子学生が少ないため、ハラスメントなどで女子学生がつらい思いをしたときに、声を上げてもすぐに改善することが難しいことがありました」

 20代女性「教授からのセクハラを相談室に相談した友人がいましたが、相談したことが教授にばれてしまい、居づらくなり大学を辞めました。相談できる女性がもっと周りにいれば違ったのかもしれません」

 20代男性「研究室は閉じた場で、相談もしづらい環境です。実際にパワハラセクハラのようなことがありました。会社に入って、周りに女性が増えました。外部からの目も増えてくると、そういうことは起きづらくなると実感しています」

 20代男性「研究室を選ぶ時、女子学生が、やりたいことではなく、女性の先輩がいる研究室を選んでいたことがありました」

 ――研究者だけでなく、女性が働きやすい環境にするためにはどうすればいいと思いますか。

 40代女性「『こういうことはハラスメントになる』など、上に立つ人への指導や、当事者の意識改革が必要だと思います」

 20代男性「女性の比率を少しずつでも増やしていくことが解決につながるのではないでしょうか」

 30代女性「女性を孤立させないようにすること。外部の目も入れて、女性同士が連帯できるようなシステムがほしいです」

 50代男性「周りの管理職からも、それはダメなんじゃないかと思う言葉を聞くことが多々あります。一気に意識を変えることは難しいですが、自分のような年齢でも諦めずにできることをしようと思います。改めて職場での女性の働きやすさを考えていきたいです」

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