「エレキの神様」寺内タケシさん死去 全国の高校も回る

定塚遼

 ギタリストの寺内タケシ(てらうち・たけし、本名寺内武〈てらうち・たけし〉)さんが18日、器質化肺炎のため、横浜市内の病院で死去した。82歳だった。通夜・葬儀は近親者のみでとりおこなう。喪主は長男章(あきら)さん。

 茨城県土浦市出身。少年時代から自作のエレキギターで演奏した。1962年、「寺内タケシとブルージーンズ」を結成。加山雄三主演の映画「エレキの若大将」に出演するなどエレキギターブームを巻き起こし、「エレキの神様」と呼ばれた。67年にはベートーベン「運命」のリメイク版「レッツゴー運命」で日本レコード大賞編曲賞を受けた。2011年に同功労賞。「津軽じょんがら節」など、エレキで民謡を演奏する試みでも知られた。

 70~80年代には冷戦下の旧ソ連でたびたびツアーをおこない、国連平和賞を受けた。非行の温床とされたエレキギターへの誤解を解くため、全国の高校を回る「ハイスクールコンサート」を74年に始め、2010年には1500校を達成した。(定塚遼)

加山雄三さんコメント「またエレキやりたかったよな」

 ギタリストの寺内タケシさんが18日に亡くなったことを受け、歌手の加山雄三さんが19日、コメントを発表し、「本当に多くのミュージシャンに影響を与えた、偉大なギターリストでした。また、一緒にエレキやりたかったよな」と寺内さんの死を悼んだ。加山さんのコメントは以下の通り。

また一人、若大将の仲間が亡くなってしまった。別れはほんとうに辛(つら)いけど、映画に音楽とたくさんの思い出が残ってます。

僕が初めて作った「夜空の星」のアレンジは寺内君で、あのエレキには、ほんとに仰天しました。当時、エレキギターをあそこまで弾きこなす人間は他にいなかったと思うんだよな。

僕がわざとテープの回転を遅くして録(と)ったエレキの音を、今度は回転を普通にして聞かせたら目を丸くして、「どうやって弾いたんですか!!」って何度も聞いてきたのが懐かしく思います。

本当に多くのミュージシャンに影響を与えた、偉大なギターリストでした。

また、一緒にエレキやりたかったよな。

加山雄三