男児死亡後も「登校させる」 生存を偽装か 福岡虐待死

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板倉大地
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 福岡県飯塚市で男児が虐待死した事件で、傷害致死容疑で再逮捕された養父の田中涼二容疑者(41)が、虐待によるけがについて男児にうそを言わせたり、死亡後も学校に欠席の連絡をしたりしていたことが関係者への取材でわかった。福岡県警は、日常的な虐待や、男児の死を隠そうとしていたとみている。

 県警は19日、田中容疑者を傷害致死容疑などで福岡地検に送検した。

 県警によると、大翔(ひろと)君(当時9)は田中容疑者の前妻の連れ子で、2月16日に太ももの打撲による外傷性ショックで死亡。遺体には顔や足など体中にあざがあった。捜査関係者によると、肋骨(ろっこつ)が複数折れ、死亡直後に田中容疑者が心臓マッサージをして折れた骨もあるとみられるが、亡くなる数週間前に負った傷もあった。一部は暴行によるものとみられるという。

 学校関係者によると、大翔君は始業式の1月8日に登校したものの、1月は4日間しか登校せず、欠席の際は田中容疑者から「具合が悪い」とこまめに連絡があった。一方、学校が自宅訪問を希望しても「コロナ下で来るのか。自分が学校へ行く」と拒んでいたという。

 約2週間ぶりに登校した2月8日には、大翔君の腰に貼られた湿布の下にあざのようなものが見えたが、大翔君は「ジャングルジムから落ちた」と説明。最後の登校は10日で、学校側は骨折など重傷を負っていることには気づかなかった。大翔君は16日に死亡したが、田中容疑者からは18、19日にも学校に欠席の連絡があり、22日には「登校が遅れる」と伝えてきたという。

 捜査関係者は、田中容疑者が大翔君にけがの理由についてうそを言うよう指示し、死亡後は虐待死が発覚しないよう大翔君の生存を装っていたとみている。

 学校関係者は「毎日父親から…

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