五輪と日本人、崇め奉る独特の心性  藤原新也さん

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構成・藤生京子
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 予断を許さぬ新型コロナウイルスの感染状況の下で、東京五輪の開催準備があわただしく進む。私たちはどこへ行こうとしているのか。放浪した世界の各地で定点観測をしながら、風景の変容を見つめる写真家・作家の藤原新也さんに聞いた。

 新型コロナウイルス対策で、ワクチン接種の動きがにわかに加速している。東京五輪のため、とみるのが自然だろう。

 僕は自然免疫の代替としてのワクチンそのものに昔から抵抗があり、受けるつもりはない。外道(げどう)を生きてきた人間の流儀で、社会に訴えかけはしない。ただ、ワクチン証明なしには社会生活も成り立たないような、半ばファシズム的な空気が広がらねばよいが、と案じる。

 開催の賛否をめぐる議論の図式には正直、食傷気味でもある。少し遠い時空へ思考をめぐらせてみたい。

 1976年。韓国・ソウルから列車に乗り、慶尚北道へ向かう車窓で美しい農村風景が目に飛び込んできた。ありふれた田舎かもしれないが、おとぎの国に見えた。後年この奇跡的な出あいの写真に「こんなところで死にたいと思わせる風景が、一瞬、目の前を過(よぎ)ることがある」と一文をつけ、著書『メメント・モリ』に収めた。

 その風景が忘れられず、2年後の同じ真冬に村を訪ねた。写真に写っている家の前に行くとおばあさんが出て来たので「こんにちは」とあいさつした。すると、たどたどしい日本語で「昼飯食ってけ」。縁側に温かい米のとぎ汁、キムチとほかほかのご飯を載せたお盆を置いてくれた。そのシンプルな美味(おい)しさに、ああ、これが韓国古来の食事なんだと、食文化の根っこを味わいみた思いがした。

 以降、韓国へ行くたびに訪ねたが、90年に足を運んだとき、立ち竦(すく)んだ。見渡す限りの更地が広がっている。その2年前のソウル五輪を機に高速道路が開通し、役所がマンションを建て住民を立ち退かせたのだという。

 おばあさんは病院にいた。生…

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連載コロナ後の世界を語る 現代の知性たちの視線

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