デジタル化、新聞の役割は 朝日新聞あすへの報道審議会

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読者と記者の言葉
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 ネット上で誰もが意見を発信できる時代。言いっ放しのつぶやきがあふれ、あやふやな情報も駆けめぐっています。新聞社はニュースをどう届ければいいのでしょうか。朝日新聞が今月1日に開いた「あすへの報道審議会」で、パブリックエディター(PE)と読者、本社編集部門の記者らが意見を交わしました。

<パブリックエディター>

 ◇高村薫(たかむらかおる)さん 作家。「マークスの山」「土の記」など著書多数。1953年生まれ

 ◇山本龍彦(やまもとたつひこ)さん 慶応大法科大学院教授(憲法学)。1976年生まれ

 ◇小松理虔(こまつりけん)さん 地域活動家。福島県いわき市を中心に活動。1979年生まれ

 ◇小沢香(おざわかおり) 朝日新聞社員。前・フォーラム編集長。1966年生まれ

記者の顔見せ、読者と考える 小松PE

 青沼ハンナさん(読者) 今、大学1年で、紙の新聞のほかにヤフーニュースもチェックする。グローバルな視点を身につけたいと思い、ユーチューブで海外メディアの動画も見ている。同世代の友人はSNSで情報を得ているようだ。

 中野令子さん(読者) 証券会社に約17年間勤め、現在は子育てをしながら、お金をテーマにウェブ記事を書いている。スマートニュースなどで経済メディアの記事を中心に、発信元を確認しながらみている。周囲の人たちは、あまりニュースに関心がないようだ。

 伊木緑・東京社会部記者 私はツイッターやオンラインイベントでも発信している。2年前、スポーツ庁が女性の運動を促すキャンペーンで「スポーツをせずにボーッと生きてしまう女性」とうたった。仕事や家庭で忙しい女性は運動する時間もないのに、と違和感を持ち、朝日新聞のウェブメディア「withnews」で「ボーッと生きてるわけじゃない」と書いたら、予想以上に読まれた。「おかしいと思うことに正面からおかしいと言う。これこそジャーナリズム」という読者からのコメントに目を開かされた。今はどんな記者なのかが読者に見られている。

 高津祐典・文化くらし報道部記者 朝日新聞のユーチューブチャンネル「囲碁将棋TV」で対局の中継動画などを流している。ファンと記者がコメントを書き込み、リアルタイムで指し手に一喜一憂している。昨年10月に始め、現在の登録者は約2万5千人。20~30代のファンが多く、今までとは異なる読者とつながれている感じがある。

 小沢香PE 記者は黒衣と言われてきたが、むしろ記者の違和感や気づきを伝えると、読む人それぞれの価値観に届くのでは。

 伊藤大地・朝日新聞デジタル編集長 ネットメディアを経て昨年11月に入社した。購読料をいただき毎日届ける紙の新聞が水道のようなインフラだとすれば、無料ニュースがあふれる中でお金をいただくデジタル版はミネラルウォーターを売るようなもの。取材の過程を見せ、信頼される必要がある。

 小松理虔PE 僕はSNSでニュースを見て、情報発信している。記者の顔が見えると朝日新聞の見え方が変わってくる。デジタル化は、記者が顔を見せて読者と信頼関係を作っていくきっかけになる。

ネットへの過剰反応、懸念 読者

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読者2人と高村薫PEはリモートで参加した=2021年6月1日午後1時43分、東京都中央区、杉本康弘撮影

 青沼さん 最近懸念しているのは、ネット上の話題をメディアが報じることで、さらに大きくなってしまうこと。競泳日本代表の池江璃花子さんにSNSで東京五輪開催に「反対の声をあげてほしい」との声が寄せられた時にも感じた。

 中野さん 私が気になったのは、新型コロナウイルスの感染拡大で「東京脱出」というハッシュタグ(検索ワード)がツイッターで拡散されているという昨春の記事が、むしろ拡散をあおったとネットで話題になったこと。SNSでの拡散は怖いと感じた。

 山本龍彦PE いずれも重要な指摘。一般的に虚構性の高いネットの情報をメディアが報じると、増幅することもある。「フィードバック・ループ」という現象だ。デジタル配信や紙面の計画を話し合う編集局の会議を先日見学した際、冒頭でネットのトレンドが報告されていたが、盛り上がりが本当に実在するのか、批判的な視点も必要だ。

 伊藤 トレンドだけでなく、何が問題か、なぜ問題か、どうすればいいのかを報じてこそ、読んでもらえる記事になる。どう拡散するのかはツールを使えば分かり、情報の発信元も特定できる。こうした専門的な知識も必要だ。

 小松PE SNSの時代に何か反論が出るのは当然で、発信者が想像できない部分もある。あとからでも検証し、課題や改善点を開示すれば信頼につながる。

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デジタル関連用語

 山本PE より根源的な課題もある。ネット利用者の関心を引きつけることが経済的な価値を生む「アテンション・エコノミー」という構造の中でジャーナリズムはどうあるべきか。PV(閲覧数)を稼ぐ競争に組み込まれ、利用者の好む記事を選択的に出すと、特定の傾向の情報だけを見る「フィルターバブル」が生まれる。ニュースは本来、個人が見たい情報だけを届けるものではないはずだ。

 前田直人コンテンツ戦略ディレクター ある程度は競わざるを得ない。まずは朝日新聞に触れてもらうことがニュース報道を見てもらうきっかけになる。新聞の発行部数は減り、デジタルでの挑戦が必要。ジャーナリズムは大衆と共に存在している。

時代の視座となる役目 高村PE

 高村薫PE ジャーナリズムの基本は、個人的な関心事や興味と一定の距離を保ち、取材対象を相対化すること。デジタルなら何でも盛り込めるという考えから離れ、同時代の視座になる報道が求められる。

 伊藤 変わらなきゃいけないことと、変わってはいけないことがある。デジタルは紙の新聞と異なり、読者がどこにいるか分からない。ジャーナリズムが社会に不可欠な公共財として機能し続けるには、より多くの人に接する努力をしないといけない。

 高津 デジタル時代の記者の役割は、読者とつながり、コミュニティーを育て、新しい結びつきを生むことだと思う。記者が持つ「雑味」も読者と共有して輪を広げたい。討論しながら考えを深める「白熱教室」でおなじみの米ハーバード大のマイケル・サンデル教授と日本の若者の対話を企画し、記事を自分のツイッターアカウントに投稿したら、囲碁・将棋ファンが拡散してくれた。

 高村PE 年配の読者はデジタルにアクセスせず、若い読者は新聞ジャーナリズムに興味がないかもしれない。色々な受け止め方が成立するのがデジタル時代の新聞社の生き残り方なのかと思う。ただ、個別のテーマで新たな読者を開拓することと、本来のジャーナリズムは姿の違うものだ。

正確な報道は社会的な使命 読者

 野村雅俊PE事務局長 皆さんが考えるデジタル時代のジャーナリズムとは。

 青沼さん 今年は衆院選があり、私は初めて投票する。若い世代が投票に行けば未来を変える可能性があると希望が持てる記事を書いてほしい。社会のデジタル化に昔ながらの選挙活動が合っているのかという視点の記事も面白いと思う。

 中野さん コロナ禍という平常でない時こそ、報道機関には正確な情報を伝える社会的使命がある。新聞社は質の高い情報を提供するという安心感がある。

 高村PE 新聞を毎日読み始めたのは小学校高学年の時、ベトナム戦争がきっかけだった。ジャーナリズムは世界を眺める窓、社会を見つめる窓。ネットには無限の情報があるけれど、東日本大震災など大変な事態が起きた時は信頼に足る窓が絶対に必要。新聞ジャーナリズムの役割は将来も変わらないが、質が保たれていることが大切だ。

取材過程の透明化、今こそ 山本PE

 山本PE ニュースの重要性を組織的に議論し、専門的な観点で編集するのが新聞社の強み。今後は取材や編集の過程をもっと透明化しないといけない。

 前田 朝日新聞デジタルは5月に10周年を迎えたのを機に、リベラルジャーナリズムの根幹として多様な視点を意識し、「多様性と未来」をキーワードにジェンダーなどの強化ジャンルを設けた。人の物語の背景に大きな社会問題が横たわっていることが分かる記事も配信している。

 山本PE グーグルフェイスブックのようなプラットフォーム企業が、我々の生活をコントロールする巨大権力となりつつある。メディアは情報技術の専門知識を高め、しっかり監視すべきだ。ただジャーナリズムは、刺激的なコンテンツがあふれるネット空間では、どうしても分が悪い。プラットフォーム企業にニュース使用料を求める仕組みなどが海外で議論されているが、ジャーナリズムを保護する制度を日本でも検討する時だろう。

 高津 メディアを優遇する制度は理解してもらえるだろうか。どんな記者が発信しているのかといった透明性も高め、メディアの活動が必要だと思ってもらわないと。

 伊藤 ジャーナリズムは人びとに必要だと理解してもらってこそ成り立つ。好みの情報に接するだけでは「知的健康」は保てない。例えば災害の現場でも、1社だけでなく、いろんな問題意識を持ったカメラやペンの記者がいることが大事。多様な現場取材ができる環境を残していく責任が我々にはある。

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あすへの報道審議会の会場。感染症対策を徹底して開催した=2021年6月1日午後1時42分、東京都中央区、杉本康弘撮影

 小松PE 福島のテレビ局記者だった頃、権力監視や批判精神を持つことがジャーナリズムだと教えられた。今、新聞社がジャーナリズムとは何かを説明しないといけない時代。記者が自分の言葉で説明し、どうすれば社会が変わるのか、読者と考える必要がある。新人記者も取材の1秒1秒がそういう瞬間だという自覚を持つことが必要じゃないかな。

 小沢PE ジャーナリズムは情報を届けて終わりではない。世の中の課題はSNSの検索ワードでつながる運動だけでは解決せず、もっと複雑。新聞社が現場や個人に今以上にリアルに迫り、市民が語れる場も用意してほしい。

 角田克・常務執行役員編集担当 デジタル化が急進展する中で、ジャーナリズムとは何か、メディアとは何かという根本が問われている。基幹メディアであり続け、読者の皆様の信頼に応え続けるためには、朝日新聞のジャーナリズムもまた再構築が欠かせない。基本は変えず、手法や手段は柔軟にという姿勢で、次なるステージへの歩みを速めていきたい。

(司会は野村事務局長)

青沼さん「記者の皆さんの思いを知ることができた」

 「あすへの報道審議会」に参加した読者2人に感想を聞きました。

 青沼ハンナさんは「リモート参加で映像や音声の不具合が心配でしたが、トラブルがなくてよかった」とホッとした様子。「記者の皆さんの新たな取り組みや記事に対する思いを知ることができ、貴重な体験ができました。もっと記者の皆さんに直接質問する時間がほしかったです」と振り返りました。

 中野令子さんは審議会を前に、朝日新聞デジタルをじっくり見たり、音声配信サービス「朝日新聞ポッドキャスト」を聞いたりしたそうです。「コンテンツが充実している。紙の新聞とデジタル版がかけ合わさると、取材の過程も知ることができるなど記事をイメージしやすくなると感じた」と語りました。

     ◇

 パブリックエディター(PE) 読者から寄せられる声を幅広く受け止め、本社編集部門に意見や要望を伝える役割を担う。社外の識者3人と社員1人で構成。ほぼ毎週開いている会議や、特定のテーマを設けて年3回程度開く「あすへの報道審議会」で議論を重ねている。

 ◇会議は東京本社で開催。感染症対策を徹底し、写真撮影時に1人ずつマスクを外しました。高村PEと読者2人はリモートで参加しました。

 ◆これまでの「あすへの報道審議会」の内容は朝日新聞デジタルの特集ページでお読みいただけます。QRコードかURL(http://t.asahi.com/jsks別ウインドウで開きます)にアクセスしてください。