顔出しナシ、経歴も簡素 謎多き詩人・最果タヒの思い

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聞き手・小峰健二
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 近年、顔を出さずに活動するアーティストが目立つ。特にミュージシャンで顕著のように感じる。ヒット曲「うっせぇわ」のAdoや「春を告げる」でデビューしたyamaもそうだ。

 『死んでしまう系のぼくらに』『夜空はいつでも最高密度の青色だ』などの詩集が異例の売れゆきを見せる詩人の最果(さいはて)タヒさんも、容貌(ようぼう)を含め謎に包まれている。テレビ出演時には、人形が「代役」となり、声だけの出演となっていた。なぜ、顔出しNGなのか――。最果さんに聞いた。

太宰の写真に興ざめ

 ――顔を出さない理由は?

 文章を書く仕事をしているので、文章が私の出すべきもので、他のものを出す必要を感じていないというのが理由です。それに、詩を読む人はその詩をかなり自由に解釈していますし、「私のことが書いてある」と思ってくれることもあります。そのときに、作者がどんな人かわかっていては、自由な解釈の邪魔になると思いました。学生の頃に教科書で太宰治を読んだのですが、最後に太宰の写真が載っていて興ざめした記憶があります。写真やプロフィルを見ることで、一気に太宰の話でしかなくなってしまうのは、すごく面白くないと思っていて。そういう記憶もあるし、文章を書くことを仕事にしているから、それだけを出していきたいと思っています。

新聞連載がなくなり……

 ――顔を出さないことで困ったことなどはありましたか?

 小説が賞の候補になったときに、授賞式などのことがメールに書かれていたので「念のためにお伝えしますが、人前に出ることはできません」とお伝えしたら候補が取り消しになってしまったことはあります。あとは、新聞の連載エッセーの仕事も、ほとんど決まっていたのですが写真が必要だという話になり、それを断ったらなくなってしまったことがありました。写真を一緒に載せられないなら原稿は載せられない、と言われてしまって。こちらとしては原稿を書くことが私の仕事だ、という認識でいたのでショックだったのですが、先方にも都合はあるのでしかたのないことなんだろうな……と思っています。

 ――依頼した人は、最果さんが顔を出さずに活動をしていることを知らなかったのでしょうか。

 そうかもしれないですね。既存の連載枠への依頼だったので、レイアウトなども決まっていたでしょうし、どうしてもそこは覆せない、ということだったのかもしれません。

 ――他に同じような経験は?

 取材の時に、顔が出せないなら記事にできないという話はたまにあります。取材記事はその人の人となりを紹介する場でもあるので、顔写真が出せないことはむしろ申し訳ないなと思っています。逆に顔写真がなくても記事にできるように動いてくださる方もいらっしゃいますし、そういう方にいつも助けられています。ありがたいです。

 ――書き手の方はトークショーがあったりサイン会があったりと、読者と交流する場があると思います。そういった場所に行くことはないわけですね。

 そうですね、やらないですね。

 ――そういった場への憧れみたいなものはないですか。

 憧れはないです。書いて、その原稿を読んでくれる人がいれば、十分なんです。それを超える喜びはないかなと思っています。読んでもらえるってとても素晴らしい、幸せなことです。だから、書いて出すことができれば、それで満足しています。それに、インターネットなどで書いたものが全て出せますし、ありがたい時代だなと思います。

 ――ミュージシャンでも、顔を出さずにデビューされるような方たちが目立ちます。以前であれば観客を前にしたライブなどで売り出していかざるを得なかったと思います。でもいまは発表媒体がたくさんあります。

 これは言葉の場合ですが、インターネットで誰もが言葉を発信できるようになり、言葉の見え方が大きく変わったとは思っています。無数の人の発言がタイムラインに流れて、言葉であふれている。だから、それを読む人たちにとっては、「誰が書いたか」より「何が書かれているか」のほうが、重く見えてきているように思います。言葉は、会話や手紙でずっと使われてきて、それこそコミュニケーションの道具として捉えている方も多いし、だからこそ、言葉の作品に触れる時も、その言葉を通じて相手を知りたい、と思うことは本能的にあると思います。けれどネットで無数の言葉に触れることで、言葉に「相手を知るため」ではない形で触れることが当たり前になっていっているのかもしれません。昔よりも作者と作品が切り離されているような状態じゃないでしょうか。そういう時代だからこそ書きやすいですし、文章を書くのが楽しいなと思うこともあります。

 私は、あえて自分のプロフィルを打ち出し、作者として存在を主張することに価値を感じていません。読んでいる人もそこは望んでいないと思いますので、文章を書くだけにしておきたいし、その方が言葉が純粋なものになっていくのではないかという感覚はあります。

プロフィルも減らす

 ――現在出されているプロフィルは1986年生まれということだけですね。

 はい、できるだけ出す情報を…

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