戦争末期の特攻機か 種子島沖で旧日本軍機引き揚げ

具志堅直
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 太平洋戦争時の旧日本軍機が沈む種子島沖(鹿児島県西之表市)で遺骨収集に向けた作業を進めていた厚生労働省などは24日までに、海底から機体を引き揚げた。遺骨や遺留品がないかを25日に調査する。海に沈んだ旧日本軍機の引き揚げを伴う収集作業は初めてという。

 機体が沈んでいたのは、島北端の喜志鹿崎(きしがさき)から約300メートル沖合で、水深は約20メートル。潮の流れが速い海域で、年間で最も流れが穏やかなこの時期を選び、15日から確認調査と遺骨収集の準備を進めていた。23、24日に潜水士らが機体の胴体部分にロープを巻き、クレーンでつり上げた。遺骨や遺留品が見つかる可能性のある操縦席周辺の砂も採取した。

 厚労省から作業を委託された日本戦没者遺骨収集推進協会などによると、機体は旧海軍の「九七式艦上攻撃機」(九七艦攻)とみられる。両主翼の半分が失われて裏返しになり、全体が砂で覆われた状態で沈んでいた。残存していた機体は長さ8・8メートル、幅7・3メートル。

 地元漁師らの証言をもとに機体を2015年に発見したのは、市内でダイビング店を営む林哲郎さん(74)。「遺骨が見つかったら、一刻も早く遺族に返したい」との思いで調査に協力してきた。調査団は24日も調査を続ける方針。

 同協会の名雪文明・調査団長は報道陣に「引き揚げられた機体を見て、(操縦士は)つらい思いをされたんだろうなと思った。遺骨収集を最後までやり遂げたい」と話した。

 九七艦攻は戦争末期に特攻などに使われ、当時の串良海軍航空基地(鹿児島県鹿屋市)などから沖縄方面に出撃したといわれる。(具志堅直)