「スプレーで合法な紙幣に」 追及したらボスが出てきた

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ドバイ=伊藤喜之
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 アフリカのある銀行総裁がひそかに持っていた大量の米ドル紙幣がある。いまは違法な状態で使えないが、合法な紙幣に変えることができる――。中東の経済都市ドバイで、そんな取引を持ちかけてくる男たちと遭遇した。まことしやかに語られる「一獲千金」のもうけ話に耳を傾けてみた。

 5月下旬の週末、夜7時半すぎだった。自宅で夕食を済ませてゆっくりしていると、スマートフォンが鳴った。知り合いの経営コンサルタント、Wさんからだ。インド人の父親と日本人の母親を持ち、10年近く前からドバイを拠点にしている男性だった。

 「夜分にすみません。私の顧客の韓国人男性Kさんから、アフリカ人の男性にドバイで会ってほしいと頼まれたんです。ちょっと心配なこともあるので同席してもらえませんか」

 Kさんはソウル在住で、父親の代からの貿易会社を経営し、ドバイがらみのビジネスで2年ほど前からWさんと付き合いがあるということだった。

 Wさんの説明では、Kさんはここ半年以上にわたってアフリカ西部の小国リベリアに暮らす男性とメッセージアプリで、やりとりを重ねてきたという。その男性はリベリアの首都モンロビアで鉱山採掘の会社を家族経営しているといい、Kさんの親類と以前に仕事で知り合った別のリベリア人から紹介を受けたという。

 ミスター・フンバ。それがリベリア男性の名だった。Kさんから送られてきたというパスポート画像には、確かにその通りの名が記載されている。

 「フンバ氏はドバイで何らかのトラブルに巻き込まれたらしいんです。Kさんはとにかく会ってくれと言うばかりで、よくわからないのですが、リベリアから1200万ドル(約13億円分)の『スタンプノート』を持参していると言っています」

 トラブル? スタンプノート? なんだそれは。話が急にきな臭くなってきた。

 「トラブルの内容はわかりません。スタンプノートは気になってネット検索してみましたが、何かのスタンプの付いた紙幣で、一種の偽札のようなものかもしれません」

 なるほど、確か、「スーパーノート」と呼ばれる非常に精巧な偽札が存在するのは聞いたことがある。そのたぐいだろうか。

「アフリカの銀行に隠し金がある」

 フンバ氏とは1時間半後の午後9時にWさんの自宅近くで会う約束だという。突然の同行要請だったが、興味をそそられ、出かけてみることにした。ただ、偽札の取引のようなことに関わり、万が一警察に見つかれば、私たちも罪に問われかねない。相手がもし偽札を出してくるような展開になれば、すぐに撤収することをWさんと事前に取り決めた。

 待ち合わせたのはドバイの「サステイナブルシティー」という地区だった。約5年前に造成されたドバイで最先端の居住地区の一つで、地区内の住宅やアパートに供給される電力の多くが太陽光発電でまかなわれるなど、多くのエコシステムが整備されている。

 夜9時半すぎ、その一角にあるカフェにフンバ氏は現れた。約束の時間から30分以上過ぎていた。

 ビジネスマン然とした人物を想定していたので、少し拍子抜けした。チノパンに灰色の無地のTシャツという軽装。バッグなどは持っておらず、手ぶらだ。年齢は30~40代ぐらいか。例のスタンプノートが本物か偽札なのかはわからないが、少なくとも日本円で億単位になるような多額のお札を持参していないのは明らかだ。

 急に偽札の束が出てくるような展開は回避できそうだ。少し安心してカフェのテラス席で話を聞くことにした。Wさんが3人分のコーラを注文した。

 ソウルのKさんからの依頼をおさらいすると、「トラブルに巻き込まれたフンバ氏の事情を聴いてあげてほしい。そして、フンバ氏の話が信頼できるか見極めて欲しい」。トラブルを解決し、Wさんのお墨付きさえ得られれば、フンバ氏にはスタンプノートを持って韓国まで来て欲しいというのがKさんの希望だった。

 コーラを一口飲むと、フンバ氏が語り出した。

 「リベリアのある銀行の総裁がひそかに蓄財してきた資金がある。12年間、その銀行のトップだったのでかなりの額がある。スタンプ(消印)が付いているので今それを使えば違法になる。だがスタンプを消して合法なお札に変えることができる。その資金の一部を私の叔父が運用していて、私も手伝っている」

 なまりが強い英語で淡々としゃべっていく。表情もほとんど変えず、冗談を交えたりもしない。

 ①リベリアの銀行で蓄財されていた1200万ドル分のスタンプノートを、リベリアからKさんのいる韓国に運ぶ②紙幣に付いた特殊なスタンプを消して合法な紙幣に変える③フンバ氏と叔父、Kさんで山分けする――。フンバ氏の話には不明な部分が多いが、要約すればそういう話のようだ。

 ところが、いざリベリアから違法な紙幣を持ち出そうとすると空港の係官に多額の賄賂を渡す必要があったという。リベリアの首都近郊の空港で2万ドル(約220万円)、経由地コートジボワールの主要都市アビジャンの空港では5千ドル(約55万円)がそれぞれ要求されたと、フンバ氏。結局、これはいったんフンバ氏が自腹を切ったんだという。

 フンバ氏の説明はまだまだ続く。

 アビジャンからドバイに立ち寄った後、数日滞在してから韓国に向かう予定だった。だが、出発日にドバイ国際空港に向かうと、税関で紙幣の入った荷物が止められてしまった。荷物は仲介に出てきたリベリア総領事館の職員の管理下に置かれることになり、職員から無事に税関を通過させるためには今度は1万7500ドル(約190万円)が必要だと要求された。しかし、フンバ氏はもう所持金の大半を使い果たしていたため、Kさんに代わりに支払ってくれるよう助けを求めている――。

 最後にはこう言い切った。「最終的に韓国まで(1200万ドル分のスタンプノートを)運んで、合法なお札に変えることができれば、すべて解決する」

 私にはあやしいにおいしか感じられない。次々と疑問がわいた。なぜ秘密裏に蓄財されていた紙幣にスタンプが付いているのか。合法なお札に変えられるなら、そもそもなぜ韓国まで運ぶ必要があるのか。そして、なぜドバイに立ち寄る必要があったのかもよくわからない。

 肝心なことをフンバ氏に確認したかった。スタンプノートなる紙幣は結局、本物なのか偽札なのか。

 「本物だ。ただスタンプが付いていて現在の状態で使えば違法になる。私はうそはつかない。でも、スタンプを消せば、合法になる」

 では、どうやってスタンプを消すのか。

 「スプレーをかける」。ここだけ小声で答えた。

 スプレー? スタンプを消せる特殊な液体でもあるというのか。もっと突っ込みたかったが、フンバ氏が別の話題に切り替えたため確認できなかった。

 そのスタンプノートはいまはドバイ空港の「ターミナル3」のロッカーに保管されているという。

 では、紙幣のサンプルさえも持っていないのか。

 「いまはない。滞在先のホテルに帰れば、サンプルの画像を送ることができる」

 フンバ氏との会話はそこで終わった。ソウルのKさんと話し合ってから、また連絡するとだけ伝えた。

 私とWさんは、これはほぼ間違いなく詐欺話だろうという印象で一致した。この話に関わり続けるだけ時間の無駄なように思えた。

 ところが事態は簡単には収まらなかった。

 フンバ氏との面会結果につい…

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