香取慎吾「太ももやばい」 右足1本で金狙う選手に驚き

榊原一生
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慎吾とゆくパラロード

 朝日新聞パラリンピック・スペシャルナビゲーターの香取慎吾さんがさまざまなパラ競技に挑戦する「慎吾とゆくパラロード」。今回は、パラ自転車の川本翔大(しょうた)選手(24)=大和産業=とオンラインで対談しました。生後すぐに病気の影響で左足を失った川本選手。自転車と出会い、のめり込んだ理由や片足でペダルをこぐ難しさについて、香取さんと語り合いました。

 香取さんは、6月18日に東京パラの自転車日本代表に内定した川本選手と、画面越しに顔を合わせた。

 《おめでとうございます。今はどんな気持ちですか?》

 川本選手の表情が緩んだ。

 《選ばれてうれしい。今年は調子がよく自転車をこぐ感覚もよかった。選ばれると思っていました。》

コロナ禍はバーチャルレース

 川本選手はコロナ禍のこの1年、専用練習場を使えなかった期間は自宅の室内で自転車をこいだり、アプリを使ったバーチャルレースで実戦をイメージして気持ちを高めたりしていたという。実際に自転車にまたがって、こぐ様子を見せてくれた。

 《自分は左足がなく、右足だけでこぎます。スピードを出すため足の力だけでなく、上半身でバイクを押さえるなど、力が無駄なくペダルに伝わるように心がけています。》

香取慎吾さんとパラ自転車の川本翔大選手による対談は6月30日付朝刊スポーツ面の「慎吾とゆくパラロード」でも、1ページを使って紹介します。

 香取さんは、川本選手の丸太のような太ももに目を留めた。

 《もも、やばくない。太さは?》

 川本選手は答えた。

 《63センチぐらいですかね。》

 驚いた香取さん。

 《それがパワーと推進力の源なんだろうけど、片足だからバランスよくこぐことも大事なんじゃない?》

 川本選手は言った。

 《生後すぐに病気で足を切って、片足で生活を続けてきました。5歳の頃に自転車に乗り始めた時も右足だけでこいでいたんです。バランスは大事なんだと思いますけど、あまり考えたことがなくて……。》

先天性と中途障害の違い

 香取さんは生まれつき障害のある選手と、事故などで体の一部の機能を失った中途障害の選手の競技レベルの違いが気になった。

 《川本選手は子どもの頃から片足なんだよね。ということは中途障害の選手よりも片足こぎが慣れていて、上手なんだよね。》

 川本選手は首をかしげた。

 《どうですかね。ただ自分は釣りが趣味で、学生時代は1時間半こいでよくダムに行っていた。自転車は自分の足のようなものです。レースでは今のところ中途障害の選手に負けたことはないです。》

 川本選手が自分の足代わりとも言える自転車で世界を目指そうと思ったのは、19歳の時だった。

 《元々、障害者野球をしていたのですが、大阪でパラ選手の発掘事業に参加し自転車を「極めたい」と思ったんです。やればやるほど競技のきつさや自分の得意不得意を知ることができ、のめり込みました。》

 2015年に本格的に競技を始め、翌年のリオデジャネイロ・パラリンピックに初出場。5種目に出場し、8位が最高だった。

 《リオの競技会場はたくさんの観客がいて、緊張し過ぎてしまったところがある。東京大会を目標にして競技を始めたとはいえ、すごく悔しい思いがしました。》

みんなの応援感じてみて

 香取さんも大勢のファンの前でパフォーマンスを見せてきた。川本選手を見つめ思いを口にした。

 《僕は緊張しないために客席の一人一人を感じるようにしている。例えば1万人のファンから「頑張って」と言われると、のみ込まれそうにもなる。でも一人でも多くの顔を見て、すべてを受け取って通じ合おうとすればそのパワーを受け取れる。そんな気がするんだよね。見ている人と一体になってみてよ。》

 川本選手が大きくうなずいた。

 《自分の得意種目は、走路の正面と向こう正面からそれぞれ同時にスタートする個人追い抜きです。競技をする2人に視線が集まりますが、応援してもらえると思えば力になる。東京では金メダルを目指して、頑張りたい。》

 最後に香取さんは言った。

 《これまで大勢の選手たちとお話をして応援したいと思っていたのに、コロナ禍では拳を突き上げられない自分がいた。でも、川本選手とお話をして、今までよりも力を込めて「応援します」と言えるのがうれしい。東京ではみんなの声をパワーにしてリオよりいい成績を期待しています。その声の中に僕のも入っていますから。頑張って!》(榊原一生)

     ◇

 川本翔大(かわもと・しょうた) 1996年8月生まれ、広島県出身。生後2カ月でがんの「線維肉腫」を発症し、左足を切断。2015年に本格的に自転車競技を始め、16年リオデジャネイロ・パラリンピックに出場。運動機能障害C2クラス。