第2回「いつ捕まるか」国安法におびえる若者 強いられる沈黙

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香港=奥寺淳
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奪われた自由 香港国安法1年② デザイン・岩見梨絵
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 6月初旬、待ち合わせ場所に指定された香港の喫茶店に着くと、おびえた表情の少年が付添人とともに座っていた。17歳の少年は「サム」と名乗り、周囲を警戒しながらゆっくりと話し始めた。物音や背後に気配を感じるとビクッと体を震わせて、周囲を見渡す。

反体制的な言動を取り締まる香港国家安全維持法が施行されてから、6月30日で1年を迎えます。かつて「デモの都」と称された香港は「沈黙の街」に一変してしまいました。連載の2回目では、国安法による摘発に恐怖を感じる若者の思いを取材しています。

 サムは2019年、事件の容疑者を中国に移送できる逃亡犯条例改正案をめぐって大規模なデモが繰り返されたとき、「勇武派」と呼ばれたグループに所属していた。反政府デモを力で押さえ込む警察に対抗し、破壊行為も辞さなかった強硬派のグループだ。

 サムは当時、まだ中学生だった。「6月に反政府デモが始まったころは、政治には関心がなかった」。だが、ある事件から、デモに参加するようになった。

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インタビューに応じた「サム」。取材中も常に周囲を気にしていた=2021年6月3日、香港、奥寺淳撮影

 同年7月21日のことだった。香港北西部の元朗駅構内で、デモ参加者が木の棒などを持った数十人の「白シャツ集団」に襲われ、約45人が負傷した。「白シャツ集団」と関係のある警察が襲撃を見逃した疑いが報じられた。サムはこの事件で警察に不信感を抱いてデモに参加し、やがて勇武派に合流したという。

 「自分たちは平和的にデモをし、逮捕者の釈放を求めていたが、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は見て見ぬふりをした」。そんな憤りがサムら若者をいきり立たせて抗議活動は激しくなり、11月に大勢の若者が香港理工大に立てこもって警察と激しく衝突した事件につながったと話す。

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香港理工大学前に陣取ったデモ隊=2019年11月17日、香港、冨名腰隆撮影

 当時の10日余りで、理工大の事件に関与した1300人以上が逮捕された。だが捜査はその後も続き、サムとともに行動した仲間もその後、5~6人が逮捕。このうち2人は今年に入ってからで、香港国家安全維持法国安法)違反や、重大な国の安全にかかわる案件を担当する警察の専門部門に逮捕されたという。

 国安法の施行は20年6月30日で、デモ当時は存在しなかった。その後、民主活動家や議員、メディア関係者らが次々と逮捕される社会になるとは思いも寄らなかった。

サムが1年半以上前に参加したデモのことで、今もおびえるのはなぜでしょうか。背景には、国安法のある特徴がありました。記事後半で詳しく紹介します。

 サムは理工大の事件にかかわ…

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連載奪われた自由 香港国安法1年(全3回)

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