第3回トレー回収箱、スーパーの半数に ゴミ箱にされたあの頃

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片田貴也
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暮らしとSDGs③ ノントレーから考える
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 日本で捨てられる食品トレーや容器包装などのプラスチックのうち、再びプラ製品として再生利用されるのは約2割にとどまります。回収率が高くないことや、リサイクルのコストが高いことなどが理由です。

 家庭から出る食品トレーの回収ルートで最も多いのが、スーパーなどでの回収。約8割に上り、自治体などの回収の2割を大きく上回っています。

 今や当たり前になった、スーパーの入り口で見かける回収ボックス。いち早く取り組みを始めたのが、大手食品トレーメーカー「エフピコ」(本社・広島県東京都)です。1990年、まだ環境関連の法律の制定も活発でない時代に店頭での回収を始めた背景には、創業者の危機感がありました。

トレーのリサイクル、きっかけは……

 エフピコは62年創業。簡易食品容器の製造の最大手。81年に業界で初めて白色が当たり前だったトレーに青や赤などの色をつけるなど急成長してきた。

 同社環境対策室の冨樫英治さんによると、リサイクルを始めたのは、80年代後半、創業者の小松安弘氏(故人)が米国を訪問したのがきっかけだ。ハンバーガーの容器がゴミになり、不買運動にまで発展していることを目の当たりにした。

 当時、米国のハンバーガー容器は、食品トレーと同じポリスチレン製。日本国内への波及を懸念した。

 「不買運動が起こればトレーが売れず倒産する。リサイクルする仕組みを作らないと消費者に受け入れられない」。

 小松氏はそう考え、現場にリサイクルの仕組みを作るよう指示した。

 「トレーのリサイクルを始めた目的は、環境問題でなくて会社の生き残りのためだったんです」

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エフピコの関東リサイクル工場。最初に、運ばれてきた使用済み食品トレーの仕分け作業が行われる=茨城県八千代町、2018年11月撮影

 そこで90年、スーパーにトレーの回収ボックスを置いてみた。初めは広島と大阪の6店舗だけ。冨樫さんは「当時は環境や社会問題といったESGの『い』の字もない時代。消費者がスーパーにトレーを持って行く文化なんてないですから、ゼロからのスタートでした」。

 取引のあったスーパーなどに回収ボックスの設置を頼んで回ったが、ボックスのメンテナンスのコストなどもかかることなどから承諾を得るのは難しく、トレーも集まらなかった。

ノントレーから身近なSDGSを考える今回の連載。とはいえ、これまでレポートしてきたように「トレーがいい」という声もあります。回収率をあげるにはどうしたらいいか。現場をたずね、課題を考えました。

 日本の環境政策の根幹を定め…

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