山田拓民さん死去 長崎の被爆者運動を長年率いる

 長崎原爆被災者協議会(被災協)の事務局長を33年にわたって務めた山田拓民(やまだ・ひろたみ)さんが28日未明、肺炎のため長崎市内の病院で死去した。90歳だった。葬儀は近親者で営む。喪主は妻美奈子さん。

 旧制長崎県立長崎中学校2年の時、長崎市鳴滝町の同校(爆心地から約3・3キロ)で被爆した。自身にけがはなかったが、爆心地に近い城山町1丁目(当時)の自宅にいた母と姉、2人の弟の計4人を半月の間に亡くした。戦後、宮崎県長崎県高校教師を務め、1971~75年には長崎県高教組副委員長。83年から2016年3月までほぼ専従で被災協の事務局長を担った。原爆症認定訴訟の原告の支援活動にも携わり、日本原水爆被害者団体協議会日本被団協)の代表理事も務めた。