「負ければ死ぬ」の覚悟、後輩に語った山県亮太 歴史を変える約束も

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加藤秀彬
写真・図版
大学時代の山県亮太(右)と頼駿智さん(頼さん提供)
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 9年前に書いたノートを今でも大切に持っている。

 「結果が出た後、後悔するようでは甘い」

 「ああしておけば良かった、仕方ない、と考えることは甘えであり、逃げだ」

 頼駿智(らいしゅんち)さん(28)は、慶応大競走部で100メートルの選手だった2012年の冬、一つ年上の先輩にもらったアドバイスの一言一句を書き込んだ。

 その先輩とは、東京オリンピック(五輪)陸上男子100メートル日本代表の山県亮太(29)だ。五輪が開かれる今年、久しぶりにページをめくった。

退路を断ってきた先輩

 「山県ノート」を書いた時、頼さんは1年生だった。山県は2年生で、ロンドン五輪予選で10秒07を出して準決勝に進み、日本代表の主力になったころだった。

 大学に入学したばかりの頼さんは全国レベルで活躍したい理想と、結果が出ない現実のギャップに悩んでいた。部には専属の指導者もいない。そんなとき、すがるように相談したのが山県だった。

 普段の山県は「まじめ」とは…

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