被災地3姉妹の「恩返し」 五輪会場へ導いた善意の連係

有料会員記事

藤野隆晃
[PR]

 10年前のあの揺れが起きた時、小学校と保育所にいた幼かった3姉妹が30日、東京オリンピック(五輪)の女子サッカー準々決勝があったキューアンドエースタジアムみやぎ(宮城県利府町)で英語の横断幕を掲げた。「支援をありがとう、日本は希望とともに進みます」。観戦が実現するには、ちょっとした善意のつながりがあった。

 3姉妹は、石巻市で生まれ育った小向佑奈(ゆうな)さん(21)、杏奈(あんな)さん(17)、遥奈(はるな)さん(14)。

 2011年の3月11日。3人は何が起きたかわからず、ただ恐怖を感じた。

 長女の佑奈さんが通っていた市立門脇小は、津波による火災で焼けた。海沿いにあった自宅は流された。がれきだらけの光景に、本当にあそこに住んでいたのかな、と思うこともあったという。

 一家は近くの高校に一時避難した後、約半年間は親戚の家、その後は市内の仮設住宅に移った。元の家は2階建てだったが、仮設住宅は3部屋のみ。祖母を含め6人で住むには手狭で、ストレスを感じることも多かったという。仮設での生活は16年秋まで続いた。

 支えになったのが国内外からの支援だった。海外から「頑張れ」と書かれた横断幕をもらったり、あこがれていた女子サッカー日本代表の選手が石巻に来て、サッカー教室を開いてくれたりした。

 3姉妹は、半年後からは支援する側にも回った。同県南三陸町や福島県南相馬市などで炊き出しのボランティアをした。「支援を受けたのだから、何かで返すものだ」と当たり前に思っていた。

 震災から10年。いまは石巻市内の新たな家で生活を送る。3姉妹はそれぞれ大学、高校、中学に通っている。

 スポーツ好きだが、五輪を観戦する予定はなかった。招待してくれたのは、ちょんまげ姿で復興支援に10年かかわる角田(つのだ)寛和さん(58)=千葉県柏市=だ。震災直後、地元サッカークラブの復興支援イベントで知り合ったのを機に、小向家と交流してきた。

 角田さんは21日から五輪観…

この記事は有料会員記事です。残り399文字有料会員になると続きをお読みいただけます。