東海大相模の門馬監督、恩師の教えを進化 重なる親子鷹

山口裕起
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 高校野球で春夏合わせて4度の甲子園優勝を指揮した神奈川・東海大相模の門馬敬治監督(51)が、今夏を最後に監督を退任することが分かった。野球部によると、健康上の理由で、6月30日の練習後に部員や保護者に説明した。「夏に向けて一生懸命やりたい」と伝えたという。

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 東海大相模の門馬敬治監督を取材すると、いつも出てくる人物がいる。「おやじさん」「偉大な師」。そう言って仰ぐのが、故・原貢さんだ。チームを強豪に押し上げた元監督で、1999年に自身を監督に指名した人でもある。今春の選抜大会で優勝した時も「原貢の野球が相模の野球。それを目指してやってきた結果」と胸を張った。

 選手への指導も、恩師と同様に厳しく、情熱にあふれる。「高校野球は一度負けたら終わり。試合に臨むまでの過程が大事なんだ」。練習中は細かいミスも見逃さず、食事や睡眠、授業態度など生活面まで指導。「すべてが甲子園につながる」と諭す。

 コロナ禍のなか、学校敷地内にあった自宅が改築され、昨年から家族で野球部の寮に入った。覚えたての「LINE」を通じて、選手たちに毎朝メッセージを送るのが日課だ。家でも野球のことばかり考えているといい、妻の七美枝さんは「野球少年がそのまま大人になったような人間。体は丸くなったけど、心はずっと変わらない」と笑う。

 2000年春、11年春、15年夏、21年春と甲子園で計4度優勝した。甲子園での監督通算勝利数は春夏あわせて30勝を誇る。とくに今春は次男の功外野手(3年)との“親子鷹(だか)”が話題になり、貢さん、辰徳選手(現巨人監督)の親子でも成し遂げられなかった優勝を達成。優勝旗を受け取る次男の姿にベンチ前で目を潤ませた。

 「おやじさんを超えることは一生無理だけど、少しでも近づけたら」。どこまでも謙遜するが、恩師の野球を進化させ、積極的な打撃、走塁を絡めた「アグレッシブ・ベースボール」を旗印に、00年代の高校野球界を牽引(けんいん)。いまでは「東の横綱」とも呼ばれる。部員らに自ら退任の意向を明かしたという最後の夏、史上8校目の春夏連覇をめざす。(山口裕起)