消えた「五輪2年延期、中止論」 1年延期決定の舞台裏

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軽部理人、長野佑介、岡戸佑樹
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 場合によっては、もう1年先に延びていたかもしれない――。東京オリンピック(五輪)・パラリンピックの1年延期が決まる直前の2020年3月に飛び交った「2年延期案」。結局幻に終わったが、水面下ではこのころ、中止を望む意見も出ていた。1年延期か、2年延期か。中止が望ましいのか。めまぐるしく動いた2週間を関係者の証言から振り返る。

 20年の3月11日。大会組織委員会の高橋治之理事による発言が物議を醸していた。新型コロナウイルスの感染が世界的に広がっていることを受け、報道各社のインタビューで「2年後の開催が一番可能性がある」と強調。大会を延期するプランを考えるべきだとの見解を示していた。

 高橋氏は「個人的見解」と付け加えたが、元電通専務として国際的なスポーツビジネスと深い関わりを持つだけに、その発言は波紋を呼んだ。高橋氏と交流がある組織委の森喜朗会長(当時)は、すぐに「大事な時期に軽率なことをおっしゃった」と不快感を示した。開催都市のトップである小池百合子知事も、記者団に予定どおり20年夏に開催することを強調した。

 だがこの日、都庁内には、高橋氏が唱えた2年延期の可能性に言及する声が出ていた。

 ある都関係者は「1年後だと、すでに競技会場などの利用予約が入ってしまっている。都としては、2年後の開催が現実的」と明かした。それでも、森氏や小池知事らが延期を否定していることに対し、こう言った。「いま『検討している』と言ってしまうこと自体が、延期すると認めてしまうことになる」

通常開催強調の政府 水面下では延期前提

 事実、すでに水面下では大会延期に向けた動きが始まっていた。

 大会関係者によると、小池知事と安倍晋三首相(当時)は3月上旬から、大会延期を前提に議論を重ねていた。どういう手順で延期に持っていくか。浮上したのが、政府が国際オリンピック委員会(IOC)に「延期要請」をするという案だった。

 聖火リレーのスタートが3月26日に迫っていた。都知事と首相は、早い段階からリレー前の延期決着を視野に入れていた。

 「予定通りの大会開催に向けて準備を進めたい」。菅義偉官房長官(当時)が会見でそう強調した3月17日。その裏で、ある大会関係者は「政府は延期で腹をくくっている」との見方を示していた。「再延期は致命傷になる。2~3カ月ずらすだけではリスクが大きく、延期の期間は1~2年になる」

 長期の延長を口にした関係者の脳裏には、新型コロナワクチン開発の不透明さがあった。一部の大会関係者の間には、1年延期案よりも2年案が根強かった。

 ただ、コロナの収束時期が読…

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