イラクから来た野球部エース バスケからの感謝の転身

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 投球フォームは他校のピッチャーに教わる。

 練習試合が終わると、駆け寄って聞く。「どうやって投げているの?」

 お尻を意識して投げるんだよ。左腕は下げすぎないほうがいい。答えはさまざまだ。それをメモに残す。一つずつ、まねしてみる。LINEの連絡先を交換して、自分の投球フォームの動画を送り、アドバイスを求めることもある。

 2年生のアルダヒール・フセイン君が入っている筑波高校野球部は部員4人。投手はひとりだけ。

 野球歴、1年半。

 「自分だけじゃ、わからないことばかりだから」。とにかく人に聞くことで野球を学んできた。

 ユーフラテス川が流れるイラク南部の都市ナシリヤで生まれ、育った。

 野球をしている人をほとんど見たことがない。のめり込んだのはバスケットボールだった。

 父の仕事の都合で、中学1年生の時に来日。1歳上の姉が通う筑波高校に進学して、バスケを続けるつもりだった。だが、部員はゼロだと聞いた。

 「お前、体格がいいから、プロを目指せるんじゃないか」。身長180センチ以上の体格を見て、話しかけてくれた人がいた。野球部の監督をしていた田嶋一彦さん(65)だった。

 入学前の学校説明会でも、入学式の日にも声をかけられた。田嶋さんは「日本で友達をつくって欲しいと思った。ダメ元でした」と笑いながら振り返る。

 フセイン君は「少し遊ぶくらいなら」と、練習に行ってみた。

 右利きだからグラブを左手にはめた。でも、その意味がよくわからない。硬式球を素手の右手でキャッチして、投げ返した。「痛っ。みんな、こんな球をキャッチしているのか」

 田嶋さんに毎日練習に付き合ってもらい、バットの振り方、キャッチボールの仕方から学んだ。

 入部して数カ月後、練習試合に初めて出た。レフトを守り、終盤にはマウンドにも上がった。自分の体格が、相手打線に威圧感を与えていると感じた。だが、力任せに投げ込み、四球を連発。試合は負けた。

 負けず嫌いに火がついた。「こんだけうまくなったぞ、と言いたい」。170キロ近い速球を投げる大リーガー、チャプマンの動画を何度も何度も見た。

 1年生の終わり。野球に専念しようと校外のバスケクラブをやめた。大リーガーの投球フォームをスロー再生して分析した動画をつくり、見て研究を重ねている。みんなに教えてもらった投球フォームを磨き、球威や制球力は上がってきた。

 昨年は新型コロナウイルスの影響で約8カ月間、家族でイラクに帰国。2年生だが、大会の年齢規定で今年が最後の夏となる。

 石下紫峰・真壁・明野との連合チームのエースとして挑む。「田嶋先生をはじめ、アドバイスをくれたみんなに感謝です。ストライクゾーンにボールがいけば打たれない自信がある。まずは1勝したい」