男子マネと女子選手 「私が…」「自分?」男女の葛藤

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 「今日から丹羽はマネジャーをやる」

 部員らの前で監督の増田浩巳(59)にそう紹介された丹羽倫太郎(3年)の目は、瀬川朋花(同)には少し潤んでいるように見えた。「私がやったほうがよかったのかな……」。瀬川は熊谷工(埼玉)で唯一の女子選手。思いは複雑だった。新チームが始まった、昨年8月のことだった。

 小3から始めた野球は「大学でも、できたらその先も」やりたいくらい好きだ。女子野球のクラブチームに入る道もあったが、男子に混じって技術を磨くことを選んだ。公式戦には出られなくても、野球ができるだけで楽しい。

 だが、自分たちの代にはマネジャーがいなかった。「私がやれと言われるかも」。一つ上の先輩らの引退が近づくにつれ、そんな予感が胸をよぎった。「女子選手はどうせベンチ入りできない。マネジャーになればスコアラーとして入れる」。自分を無理やり納得させ、スコアをつける練習をしたこともあった。

 それだけに、丹羽への申し訳なさが募った。「丹羽は試合に出るチャンスがある。私は絶対に出られないのに」

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 一方の丹羽。当初は「選手として見てほしかった」という思いをぬぐいきれなかった。マネジャーをやってみないかとコーチから初めて声をかけられたのは、昨年の5月か6月。驚くよりも、「なんで自分が?」と戸惑った。だが、毎日ぐるぐる考えていると、「確かに、人の世話や片付けは好きかもしれない」と思うようにもなった。

 選手としての実力はベンチに入れるかどうかの瀬戸際。「やってもいいか」に傾いていったが、「最後まで選手でいたい」「ベンチに入れるならマネジャーでもいいか」という二つの思いの間で数カ月間揺れ動きもした。だが、監督に直接言われたあの日、静かに受け入れた。

 「『女子がやれよ』とは思わなかった?」と記者が問うと、丹羽はこう答えた。「思わなかった。瀬川は本当にやる気のある選手で、ずっと野球を続けるつもりだと知っていたから」

 マネジャーになり、監督からは「選手の上に立て」と繰り返し言われた。求められたのは、雑用をこなすことではなく選手への指示や指導。だが、これが難しい。グラウンドでごみを拾ったり道具を片付けたりすると、「それはお前の仕事じゃない!」。丹羽は「選手のころよりたくさん怒られる」と笑う。

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 増田は「女子だからマネジャーは瀬川」とは全く考えなかった。丹羽を指名したのは「自分の近くにいない子」だったのが大きいという。マネジャーに求めるのは選手と監督をつなぐ役割。ほどよい距離感がある丹羽なら監督の自分の「言いなり」にはならないだろうと期待した。夢中になっても余裕をもって周囲を見渡せる人間に成長してほしいという思いもあった。

 「男なのにマネ」と部員らからなめられたら困るという増田の懸念は杞憂(きゆう)だった。今春、1年生の女子マネジャーが入部してからは、より頼もしくみえる。「マネジャーになってよかった。丹羽にはそう思って卒業してもらいたい」

(敬称略)