サッカー元日本代表が語る恩師への感謝、被災地への思い

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横川結香
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(わたしの折々のことば)巻誠一郎さん

 184センチの長身から繰り出すヘディングと豊富な運動量による体を張ったプレーで、多くのサッカーファンを魅了した元日本代表の巻誠一郎さん(40)。「恩師」と仰ぐイビチャ・オシムさんらとのエピソードや、1年前に地元・熊本県を襲った豪雨災害への思いなどを語ってもらいました。

努力は人を裏切らない(高校時代の恩師の言葉)

 熊本県立大津高サッカー部時代に、監督から伝えられた言葉。こつこつと努力を重ねたからこそ見える世界があることを、身をもって知る。

     ◇

 幼い頃は、とにかく体を動かすことが大好きだった。時間があれば、友だちと連れだって外で遊んでいた。

 自然が豊かな土地柄、田んぼや畑がフィールド。泥んこになりながらサッカーしたり、バク転をしたり。テレビゲームに親しむことはなかった。

 小学5年で本格的にサッカーを始めた。

 これまで野球やアイスホッケーなど様々な競技をうまくこなしてきたが、サッカーは別物だった。足や頭だけではボールをうまく使えず、思い通りにいかない。自分より早くに始めた仲間のプレーに悔しさを覚え、のめり込んだ。

 生まれつき、勝負事が大好き。入った小学校のチームは毎週のように試合があった。「真剣勝負が常にできた。一生懸命にやれたから楽しかった」

 もっとうまくなりたい。もっとプレーの持ち札を増やしたい――。

 そんな思いから、高校は数多くのプロサッカー選手を輩出する名門・県立大津高に進学。恩師となるサッカー部の平岡和徳監督から教わった「自分で問題を見つけ、解決する力」を実践する日々だった。

 レベルの高いチームメートにもまれながら、自分の長所と短所を客観的に見つめ直す。朝の自主練習では、その二つを意識したトレーニングを積んできた。

 卒業後の進路を考える時期にはプロチームや大学からのスカウトが複数やってきた。華やかな舞台でプレーする自分。そんな姿を初めて思い描くことができた。

 努力を積んだからといって、目の前の目標に直接結びつくとは限らない。でも、こつこつやってきたことは将来的に実を結ぶ。

 平岡監督にいつ、どのような状況で言われたのか。実はよく覚えていない。でも、心にも体にも刻まれていたからこそ、「あのとき」、何の抵抗もなく「あの言葉」が自然と湧いた。

 2006年、ワールドカップ・ドイツ大会の代表メンバー発表の時だ。

 巻さんは「当落線上」と言わ…

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