里中満智子さん「のけぞるほど感動」 法隆寺金堂壁画

聞き手・久保智祥
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 今秋に限定公開されることになった法隆寺金堂壁画(国重要文化財)。焼損してもなお「至宝」とされる壁画の魅力とはなんなのか。持統天皇の生涯を描いた「天上の虹」など古代を舞台にした歴史漫画で知られる漫画家の里中満智子さんに聞いた。

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 法隆寺にはこれまで数え切れないくらい足を運んでいます。大阪市内の生まれで、学校の遠足は奈良や京都でしたし、物心ついた頃から親にも連れられていたので、自然になじんでいて。幼い頃、法隆寺の金堂壁画の観音様(6号壁)が切手の図柄に使われていましたし、昔焼けてしまったんだよと聞いて、残念に思った記憶があります。

 大人になって東京に来て、歴史漫画を描くようになってからも、奈良や京都をうろうろ。行くたびに発見があって。

 法隆寺にうかがって思うのは、聖徳太子の創建された法隆寺は特別なお寺だということです。それは、誰もがお手本として問題がない人として聖徳太子が受け止められ、そのときどきの権力者が、遺徳を大切にしようとしてきたからでしょう。だから、金堂壁画も、最高にいいものをつくろうとしたのだと思います。本当に見事な壁画で、金堂全体が浄土の夢見るような世界です。

 以前、資料を探しているときに、焼損前に撮影されたモノクロ写真を見たことがあるのですが、阿弥陀浄土図が描かれた6号壁の観音菩薩(ぼさつ)のお顔のアップを見たことがあって。すると眉の線が1本でなく上下2段にくっきりと濃淡をつけてきれいな眉が描かれてました。

 それは、見事な筆遣いでためらいもなく確信を持った線でシュッと引いていらっしゃる。

 高松塚古墳でも、キトラ古墳でもそうですが、この時代の壁画を見ますと、つくづくみなさん腕の立つ方たちで、その腕のある方がためらいなく描く線というのはすごい。金堂壁画も焼けているとは言え、残っている線を見るとそれは見事で、もうひれ伏したくなるくらい、力強くかつ柔らかい、ためらいのない線。絵の持つ力を感じます。

 古墳の壁画なんかは絶対に人目に触れないという前提なのに、ものすごく誠実に立派な力のこもったお仕事をされている。金堂壁画も、ごく限られた人しか中に入れなかったわけで、ごく一部の人しか目にしないことが前提でありながら、ここに描かれた浄土は、この世の生きとし生けるものすべてを救うために描かれている。当時の人たちの仏教信仰へのピュアな気持ちがこもっています。

 この時代のこういうものを見るたびに、のけぞるほど感動します。ただ憧れてみているだけですけど、腕がいいというだけでなく、自分がやっている仕事に対する誠実さ、真摯(しんし)な気持ちが表れているのを見ると、仕事が残るとはどういうことなのか、教えられているような気がします。

 焼け残ったものが収蔵庫に大事に保管してあるのを写真で見たことがあるのですが、柱が炭のようになっているのに、壁画は昔描かれた輪郭がうっすらと残っていることにびっくりしました。そして、炭みたいになった柱も大事に保管されていることにも驚かされます。

 長年残ってきて、焼けても人が守っている。つくった方たちはもちろん生身ではいらっしゃらないが、その思いが残っている。いまみなさんコロナで落ち着かなくて、刹那(せつな)的になりがちですが、長い年月を経たものを改めて見ると、長いスパンで物事を見ることの大切さを感じます。そして、人の営みが名残としてですが、残されているありがたさも感じます。

 そのような壁画が、科学的に安全な状態で広く公開されるとしたら、素晴らしい機会になると思います。目にした人は、ああ、生きていてよかったと思えるのではないでしょうか。慎重に検討された上で、いつか全面的に公開しても科学的に問題ない時代が来て、多くの人が見られるようになればいいですね。(聞き手・久保智祥)