女らしく、敵性競技…途切れた女子サッカー史、明らかに

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戸田拓
写真・図版
1916年、大分高女の秋季大運動会でおこなわれた「アッソシエーションフットボール」(サッカー)の試合の模様。たすきをかけてチーム分けしていたとみられる=大分県立大分上野丘高等学校校友会所蔵
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 日本での女子サッカー競技は、いつごろからおこなわれていたのか。北海道大学大学院教育学研究院の崎田嘉寛准教授(身体教育学)らのグループが、体系的な研究成果をまとめた。「現時点で日本最古の女子サッカー写真」という試合の写真も見つけ出した。撮影された年は?

 1枚の白黒の写真絵はがきがある。

 2本のポールが、人が10人は入るほど離して立てられ、そばにゴールキーパーらしき女性が立つ。その前には横一列に並ぶ4人。「現代に近い組織的サッカーが行われていたことがうかがえる」と崎田准教授。

 1916(大正5)年に撮影されたのは、大分高女(現・大分県立大分上野丘高)の運動会でのサッカーの試合の模様だ。

 これまで女子サッカーを記録した最も古い写真とされていた丸亀高女(現・香川県立丸亀高)のものより3年古い。

 サッカーをする大分高女の生徒たちは、白の長袖シャツを着て、濃色のワンピースの下にズボンをはいている。相手の陣地にボールがあるのか、敵味方が群がっている。

 戦前女子サッカーの歴史の体系的な研究は、男子サッカーやテニス、バレーボールなどと比べて遅れていた。そこで、北大など5大学と日本サッカー協会の研究者が協力し、研究を進めることになった。

 北から南まで全国の公立高女…

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