過去最大で難儀な被写体 池井戸潤が迫る瀬戸内の造船所

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文・写真 池井戸潤 映像報道部・杉本康弘、「好書好日」編集長・加藤修
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池井戸潤が撮る 日本の工場

 作家の池井戸潤さんが仕事の現場を訪ねる企画が、朝日新聞土曜別刷り「be」で連載中です。今回は、愛媛県西条市にある今治造船西条工場。巨大な船を生み出す瀬戸内の造船所の迫力と、そこに注がれる技術の粋に、カメラとペンで迫ります。デジタル版では池井戸さんが撮影した写真をたっぷりご覧いただけます。

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 造船業界の景気は、3年遅れでやってくる。

 世の中の景気が回復し、モノが動き出すと物流が賑(にぎ)わう。海運業界も同様である。そんな状態が数年も過ぎ、資金の余裕も出来たころ、「そろそろ次の船を造ろうか」となるわけだ。

 その間が、3年。船の価格は新船への需要の増減によって上下動を繰り返し、いまはどちらかというと上がり気味なのだとか。造船業や船主業など海運業界は、何年かに一度の好景気で潤うまでの端境期(はざかいき)をどうやり過ごすかが勝負の分かれ目だ。

 120年もの歴史を有する今治造船(いまばりぞうせん)は、経営のノウハウに秀で、卓抜した技術力で業界に君臨する国内最大の造船会社である。

ミドルホールがそのまま収まる

 松山空港からクルマで約1時間。その西条工場には、造船のシンボルともいえる巨大なゴライアスクレーンが3基、妍(けん)を競うように聳(そび)えていた。

 ドックで建造中だった船は、全長340メートル、幅60メートルの大型原油タンカーだ。この大きさ、ゴルフ場のミドルホールがそのまま収まる。逆に大きすぎて、写真でその存在感を伝えるのが難しい。その意味で、写真を撮るには難儀な被写体である。

 いままでいろいろな工場を見てきたけれど、こんな大きなモノをつくっている現場は初めてであった。間違いなく過去最大。圧巻である。

 ちなみに、ドックとは、船を建造するための巨大な堀のようなものだ。海に面する側に巨大なゲートがあり、それを開閉して海水を入れたり抜いたりして使う。ここのドックは、全長420メートル、幅89メートル、深さは12メートルもある。

 訪れたときは海水を抜いた状態で、新船建造の真っ最中であった。船がほぼ完成し、いよいよ浮かべる段階になると、ドック内に海水を引き入れ、海とドックを仕切る巨大ゲートを開けて船を外に出すのである。

 見学させていただいた巨大ゲートが海とドックを遮断した後、ふたつの巨大ポンプを使って海水をすべて排するのに6、7時間はかかるのだとか。何からなにまで、スケールが違う。

「この前排水したら、ものすごい数のチヌ(黒鯛〈くろだい〉)がドック内に残ってまして」、とこの日案内していただいた東照文(あずまてるふみ)工場長。

 希望する従業員に分けても余るほどの数だったのだとか。「魚屋ができますね」といったら、「コストが合いませんわ」。自然豊かでおおらかな瀬戸内らしいエピソードである。

 西条工場の広さは、およそ東…

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