テニス→野球、高2で転身「マネジャーとして極めたい」

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 眺めていた練習の送球ひとつで、人生は変わる。

 2年生になったばかりの春、根本慎太郎君は悩んでいた。中学からテニスを続け、茨城高校でも1年続けた。その一方で、大好きな野球への思いがふくらみ続けていた。

 茨城県高萩市の自宅近くにある明秀日立グラウンド。いつものようにネットの向こうから練習を見つめていた。

 横っ跳びしたサードが、三塁線の強烈な打球をグラブに収めた。瞬時に立ち上がり、跳び上がりながら一塁へ投げる。バチン、と乾いた音が響いた。

 あ、僕には無理なんだな――。

 悟ってしまった。自分では本気で投げても、二塁から一塁への送球がやっとだろう。

 いつもプロ野球で見ているはずのプレー。選手と同じ目線で見たのは初めてだった。

 でも、野球の道へ進む決意も固まった。「どんな形でもいい。マネジャーとして、野球を極めたい」

 4月、野球部に入部届を出した。

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 野球をやってみたいと思ったのは13歳の時、2017年のワールドベースボールクラシック(WBC)がきっかけだった。

 攻守で活躍した捕手、小林誠司選手(巨人)にひかれた。投手の心情をくみつつ、強気にリードする小林選手の姿勢に憧れた。

 学校にラケットとグラブを持っていくようになった。昼休みは自主練習中の野球部の横で、友達とキャッチボール。放課後はテニスコートを駆け回った。週末は父と公園でキャッチボールをしたり、明秀日立のグラウンドをのぞきに行ったりした。

 高校の最寄り駅・水戸までは電車で約40分。朝は電車で「月刊ジャイアンツ」を開き、帰りは巨人の試合結果や一球速報を追う。登録選手の情報をSNSなどで読みあさった。

 「もし野球をやるなら、最後のチャンスだ」。あの三塁手の送球を見たのは、そんな時だった。

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 入部以来、練習で使う道具や部室に飾るものを自分なりに生み出してきた。

 実戦形式で行う練習では、バッターボックスの後ろにホワイトボードを置いた。安打を打った選手の名前を書き込む。「俺も打ってやる、という気持ちになってくれたら」。きつい練習の中で、少しでも選手の向上心をくすぐったり、気を和らげたりするような工夫を凝らしている。

 年10回ほど足を運ぶ東京ドームで、球団の職員が「ファンの方にも行ってあげて」と選手に声をかけてくれ、菅野智之投手にサインをもらったことがある。ファンを楽しませるための仕事に徹する姿が、かっこいいと思った。「目立たないところで、野球を見る人を楽しませたい」。夢は球団の職員になることだ。

 一つ一つのプレーの難しさがわかる分、仲間を間近で支えることにやりがいを感じる。「野球部の一員として『勝ちたい』と強く思うようになった。野球部の先生や仲間、両親に感謝しています」。8日の初戦、スタンドから仲間を見守る。