九州豪雨、無線で避難呼びかけた市長 いま語る後悔

棚橋咲月、藤原慎一
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 熊本県南部を襲った昨年7月の豪雨では、川の氾濫(はんらん)が迫る中、急きょ首長自ら住民に避難するよう呼びかけた自治体もある。豪雨災害が予想される際、いつ、どの範囲の住民に避難を求めるかは、自治体にとって難しい課題だ。九州豪雨から1年。九州北部では3日以降、再び大雨が予想されている。

 「人吉市長の松岡隼人です。球磨川が増水し氾濫の危険性が迫っています。今すぐに命を守る行動を。今すぐに安全な場所に避難してください」

 昨年7月4日午前5時15分。人吉市役所別館の防災無線室で、松岡市長がマイクに向かっていた。球磨川氾濫危険水位を超えてから1時間が経っていた。

 普段より低く、言葉を区切りながら呼びかける市長の声は、市内全域に放送された。「市長が呼びかけるなんてただ事じゃない」。複数の住民が、この放送で避難を決めたという。

 松岡市長は「もし大事が起きたら、避難を呼びかけると決めていた。ただ、防災無線が聞こえなかった地区もあったと聞く。情報を出すだけでなく、届け方が課題だ」と振り返る。住民が避難する判断ができるよう、伝える内容を工夫する必要性も指摘した。

 過去には、近畿地方に大きな被害をもたらした2004年の台風23号で、兵庫県豊岡市の中貝宗治市長(当時)が「堤防が破堤(はてい)しました。水位が急上昇します。2階以上の高い所へ避難してください」と市内に呼びかけた事例がある。

 東大総合防災情報研究センターの片田敏孝・特任教授(災害社会工学)は「記録的大雨の予測が困難な中、最善を尽くした市長の対応を評価したい。行政も努力が必要だが、住民もスマホで河川の水位を確認し、上流の雨の降り方から今後の水位の上昇を予測するなど、情報を取る努力をすべきだ」と話す。

 一方で昨年の豪雨は、人吉市に重い教訓も残した。

 豪雨当時、球磨川の水位は、事前の予想を超えて一気に上昇。警戒レベル3の「避難準備・高齢者等避難開始」(現在は高齢者等避難)を出す間もなく、4日午前4時にレベル4の「避難勧告」(現在は避難指示に一本化)を出さざるを得なくなった。

 松岡市長が直接呼びかけたのは、その1時間後。24時間雨量は予測の倍近くに達し、市内では20人が亡くなった。市防災安全課の担当者は「3日夕に対策会議を開いたが、予測雨量をみて避難情報を出さない判断をしてしまった」と悔やむ。

 一部地域には3日午後11時に土砂災害の避難勧告を出したが、夜間の移動はかえって危険な場合もある。担当者は「夜に大雨の恐れがある場合は、明るいうちに高齢者を避難させるよう運用を見直している」と話した。

 大雨の際、避難情報の対象地域をどの範囲まで広げるかも、自治体に判断がゆだねられた難題だ。

 今年5月20日に九州各地で降った大雨では、避難指示を出した熊本県の10市町村のうち7市町村が全域を対象にした。ただ、中には浸水などの危険性がないエリアも含まれ、全員が避難すれば避難所はあふれる。

 大雨の後、自治体に聞き取りをした熊本県の担当者は「状況が刻一刻と変わる中で、エリアの絞り込みよりも、住民に情報を出すことを優先した自治体が多かった」と分析する。

 内閣府は市町村向けのガイドラインで、「『市内全域』といった発令は漠然としており、避難情報に対する信頼性を損ねるおそれ」があると指摘。対象地域を絞り込み、地区名とあわせて情報を出すことが望ましい、としている。担当者は「自治体によって事情が違うので強く求めることはできない」としつつ、「絞り込みが短時間でできるよう、事前に洪水や土砂災害のシミュレーションをしておいてほしい」と話した。(棚橋咲月、藤原慎一)