阪神佐藤輝明が泣いた日 高3夏、知らぬ間に最後の打者

有料会員記事KANSAI

伊藤雅哉、内田快
[PR]

 2016年7月12日、兵庫県明石市の明石トーカロ球場。雨に打たれる仁川学院高の3年生、佐藤輝明(現・阪神タイガース)の姿があった。夏の兵庫大会の1回戦だった。

 この日、野球人生で一度だけという涙を見せることになる。

 仁川学院は1998年に東兵庫大会で準優勝し、甲子園にあと一歩まで迫ったこともある。そのころは野球推薦の入学もあったが、今はない。中尾和光部長は「佐藤のときも、来てくれた子たちでやるチームでした」。

 佐藤輝自身も「強豪校ではなかったというのもあるけど、あまり甲子園に行きたいと思ったことはなかった」と当時を思い返す。

 ただ、佐藤輝が2年生で出ていた前年の大会は4回戦に進出、力がないわけではなかった。

雨で中断…5回で10点差

 朝、チームはバスで学校を出た。到着が遅れた。通常は試合前に撮る集合写真も時間がないため、試合後に後回しになった。ウォーミングアップもそこそこに明石清水高との試合は始まった。

 佐藤輝は小学校から長く親しんだ捕手ではなく、4番・三塁手として先発した(試合途中から捕手に)。中尾部長は「2年秋まで捕手だったが、あの通りマイペース。タイプ的に捕手じゃない。大学を見据えて内野をやらせていた」。

 仁川学院の先発投手は3年生の桑田理介さん。関西大学入学後アメフトに転向し、この春からは社会人Xリーグのパナソニックでプレーしている。「思い出したくない、という気持ちもあります。いっぱい打たれたなと」。乱調で二回を終わって1―6とリードされた。

 三回に雨のため、試合は35分間中断した。選手、そして保護者の中には「このまま降雨ノーゲームに」と願う人もいた。

 四回を終わって、1―11と10点差をつけられた。五回表、仁川学院の攻撃。この回に点を取らなければコールド負けになる。

野球で初めて泣いた

 2死一塁で佐藤輝にこの日、3回目の打席が回ってくる。ここまで2打数2安打。「ホームランをめちゃ狙っていた」が、平凡な中飛に倒れた。

 ベンチに戻ろうとして、みんなが泣いているのを見て驚いた。いま、苦笑しながら振り返る。「ぼく、コールドだと全然知らなかった。教えてくれればよかったのになって。知っていたら、もう少しつなぐバッティングができたんじゃないかと思いましたね」。知らないうちに最後の打者になっていた。

コールドに気づかなかった?大物・佐藤輝明

高校野球最後の試合は、兵庫大会1回戦敗退。しかもコールド負けの状況を知らず、最後の打者になってしまった佐藤輝明。記事後半では「野球人生で1度だけ泣いた」この日の試合後のこと、仁川学院だからこそ得られたことを振り返っています。

 佐藤輝は負けても、その後のミーティングや保護者へ感謝を伝える場面で泣かなかった。だが、みんなが泣きやんで笑顔になり、記念写真を撮り始めたところで急に泣き出した。

 一塁手だった高取真祥(まさき)さんは、ふだん泣くような性格ではない佐藤輝のその姿に、「テル、どうしたん」と思わず声をかけた。「ごめん」とだけかえってきた。

 本人は「みんなと野球ができなくなるのは悲しいな、と思って泣いちゃいましたね」。野球で泣いたのは後にも先にもこれだけだという。

■強豪校じゃなかったから…

この記事は有料会員記事です。残り394文字有料会員になると続きをお読みいただけます。
#KANSAI

#KANSAI

近畿の魅力を再発見する新企画。社会・経済から文化・スポーツまで、地元愛あふれるコンテンツをお届けします。[記事一覧へ]