A級戦犯の遺骨「太平洋上でまいた」 米軍報告書の謎

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 日本の戦争指導者として東京裁判でA級戦犯として裁かれ死刑になった7人の遺骨を、米軍がひそかに太平洋上空からまいたと記す文書が見つかりました。終戦から76年となるこの夏、この文書の意味と謎について藤田直央・編集委員が話します。朝日新聞ポッドキャストでお聞きください。

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Q:敗戦間もない頃ならではのエピソードですね。その文書はどういうもので、どこにあったんですか?

A:降伏した日本の占領にあたっていた米第8軍で、処刑されたA級戦犯7人の遺体処理を任された少佐が、「横浜の東、太平洋上空約30マイル」で軍用機から散骨するまでを報告した文書です。当初の秘密指定を解除されて米公文書に保管され、戦犯裁判を研究する日本大学の高澤弘明専任講師が見つけました。

Q:米軍はそれを「ひそかに」進めたのですか。

A:そこは文書によく表れています。7人の処刑は1948年12月23日午前0時過ぎに東京の巣鴨プリズンで執行されますが、米軍はすぐ遺体を棺に入れ、深夜にトラックで第8軍司令部のある横浜へ運び、朝に火葬。そして遺骨を軍用機に積み、その日のうちに太平洋上空からまいています。

 一連の動きがばれないようにとものものしい警戒で、火葬場では入り口にいたカメラマンたちを退去させ、火葬の際は武装兵士たちを周辺に配置。「私の知る限り写真は撮影されなかった」と報告しています。

Q:米軍は遺体処理についてなぜそこまで隠し、埋葬せずに散骨するという徹底ぶりだったのでしょう。

A:日本占領の司令塔だった連合国軍総司令部(GHQ)の幹部は後年の著書で、「(A級戦犯の)墓が将来、神聖視されることがないように」と説明しています。そして今回、高澤氏が発見した別の文書には、最高司令官マッカーサーの命令として興味深い内容が記されていました。

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