「野球したい」白血病克服、仲間に支えられレギュラーに

安藤仙一朗
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 中学1年で白血病を患い、乗り越えた選手がいる。

 滋賀短大付の清水龍希君(3年)。この夏、レギュラー三塁手として大会に挑む。

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 野球は、友達との遊びがきっかけでのめり込んだ。ただ、体が小さかったので2年我慢し、小3でやっと少年野球チームに入団。二塁手として活躍した。

 中学では、硬式クラブに入った。練習がない日も友達と野球で遊んだ。

 中1の3月ごろだった。39度の発熱。熱が下がったあと、全身にじんましんが出た。翌週、わきの下が卵大に腫れ上がった。

 大きな病院で検査を受けた。両親がまず、結果を聞いた。

 「私がもっと早く気付いていれば」。母・静香さんは、そんな思いに駆られ、手が震えた。

 息子に伝えるべきか。悩んだ末、「向き合ってもらうしかない」と決意した。

 病名を聞いた龍希君は、声を押し殺して泣いた。

 入院は10カ月に及んだ。抗がん剤で、全身の毛が抜けた。体重は10キロ近く減り30キロ台に。筋肉が衰え、歩くのもつらかった。

 それでも中2の終わりごろ、クラブに復帰した。しかし、体調がすぐれない。

 「高校でも野球をしたい」という息子の思いを聞き、母は、高校に迷惑がかかるのではと心配した。

 中3の冬、2人で滋賀短大付の保木(ほうき)淳監督を訪ねた。監督が、所属するクラブチームのコーチの恩師という縁もあった。

 「どんなに下手くそでも、野球が好きなら来い」

 その言葉に背中を押され、進学を決めた。

 練習は、ついていくのが精いっぱいだった。長距離走ではペースが遅れ、果てしなく後ろを走った。階段や坂道ダッシュは、足をたたきながら食らいついた。午後8時半ごろ家に帰るとすぐ、眠りについた。

 仲間は、温かかった。

 長距離走では、完走後にコースを引き返し、伴走して励ましてくれた。

 体力は徐々に戻ってきた。入学時、三塁から一塁までがやっとだった遠投は、85メートルまで伸びた。10キロが限界だったバーベル上げは60キロまでいける。練習試合で、フェンス直撃の打球が飛び出した。

 昨秋からは、163センチの小柄な体格を生かし、サイドスローの投手もこなす。

 「あきらめずにやってきて、精神的にも強くなった」と自信を深めている。

 最後の夏、目標は甲子園出場だ。それが、支えてくれた人への恩返しになる。

 「本番まで一秒一秒を大切に、チームのために貢献したい」(安藤仙一朗)