家族写真焼いた、でも指輪を見ると…… 西日本豪雨3年

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福冨旅史
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 静岡県熱海市で、山の斜面に立ち並ぶ住宅などを土石流がのみ込むニュース映像を見て、角森(つのもり)康治さん(57)はあの日を思い出し、テレビから目を背けた。

 「亡くなった人は怖かっただろう」。愛する妻や子どもたちは、どんな気持ちだったのだろうか。

 3年前の西日本豪雨広島県熊野町の住宅団地「大原ハイツ」を土石流が襲い、妻の奈々さん(当時44)、息子の美憲(みのり)君(同13)と健太君(同2)、義母の青木裕子さん(同71)を奪った。

 「楽しい家庭をつくろうって、約束したのに」。正式に家族になってまだ1カ月も経っていなかった。

    ◇

 奈々さんとは、その年の1月、知人の紹介で知り合った。お互いに再婚で、美憲君と健太君は奈々さんの子だった。

父として初めて買ったぬいぐるみが泥に

 奈々さんは毎朝5時に起きて美憲君の弁当を作り、フィットネスインストラクターの仕事の合間に健太君を保育園に送り迎えしていた。2月、過度の疲労で入院した。「子どもも奈々も、俺が面倒見る」とプロポーズした。

 角森さんは勤め先の会社がある島根県安来市で暮らし、土日は広島まで行って子どもたちと遊んだ。

 結婚に否定的だった美憲君が「おめでとう」と言ってくれた。健太君は角森さんが島根に戻る夜は「帰らんで」と玄関までついてきた。「おれは本当の父親になるつもり」と、奈々さんに何度も誓った。

 6月14日、2人で婚姻届を出した。その晩、呉市のホテルですしを食べ、「今日からよろしくお願いします」と笑い合った。

 7月6日は金曜だった。いつも通り夕方に仕事を終え、車で広島に向かっていた。「増水しているから気をつけて来てね」と奈々さんからLINEでメッセージをもらった後、「既読」はつかなくなった。

 交通規制に阻まれ、着いたのは翌朝だった。2階建ての奈々さんの自宅は約10メートル流され、1階が土砂に埋もれていた。

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